その辺を探して見たが、勿論殺害に使われた兇器は発見《みつ》からなかった。そして線路の脇の血の雫の跡も、もうそれより以西には着いていなかった。
司法主任は、第二の屍体の発見に依って自分の抱いていた疑いが微塵に砕かれてしまったためか、すっかりしおれて、黙々としていたが、やがて思い出した様に傍らの路面から、私はうっかり気付かなかったのだが、先刻《さっき》ここへ来た時に持って来て置いたらしい大型の撥形鶴嘴《ビーター》を取上げると、喬介の眼前へ差出しながら、
「やはり有りましたよ。こいつでしょう? 最初の屍体に加えられた兇器は。――あの貯炭パイルと、直ぐその東隣のランプ室との間の狭い地面に抛《ほう》り込んでありましたよ。ええ、無論その撥《ばち》形の刃先に着いていた砂は、顕微鏡検査に依って、貴方《あなた》の仰有《おっしゃ》った通り、あちらの屍体の傷口の砂と完全に一致しました。尚、柄《え》も調査しましたが、加害者は手袋を用いたらしく、指紋はなかったです」
喬介はそれに頷きながら撥形鶴嘴《ビーター》を受取ると、自身で詳しく調べ始めた。が、その柄の端近くに抜かれた小指程の太さの穴に気付くと、貪る様にして暫くその穴を調べていたが、やがて傍らの助役へ、
「これはどう言う穴ですか?」
「さあ――※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」
「当駅の撥形鶴嘴《ビーター》で、柄の端にこんな穴の開いた奴があったのですか?」
「そんな筈は、ないんですが――」
「ふむ。判りました。その通りでしょう。第一この穴は、こんなに新しいんですからね……」
喬介はそれなり深い思索に陥って行った。
間もなく、W駅の本屋《ほんおく》の方から一人の駅手が飛んで来て、H機関庫から首実検の連中が到着したとの報告を齎《もたら》した。すると司法主任は急に元気附いて、警官の一人にこの場の屍体を見張っている様命ずると、先に立って歩き始めた。私達もその後に従った。
やがて私達が、給水タンク下の最初の現場へ戻り着いた時には、運搬用の気動車《モーター・カー》でやって来たらしい三名の機関庫員は、既に屍体の検証を済して、一服している処だった。が、その内の主任らしい男が、肥った体をヨチヨチやらして私達より一足遅くやって来た助役の顔を見ると、早速立上って、
「――飛んだ事でした。被害者は確かに73号の機関助手で土屋良平《つちやりょうへい》と云う男です」
「いや、どうも。ところで、機関手の名前は?」
「機関手――ですか? ええ。井上順三《いのうえじゅんぞう》と言いますが」
「ふむ。そいつも殺されておりますぞ!」
助役の言葉で、機関庫主任も駅長も明かに蒼くなった。そして一名の機関庫員は、飛ぶ様にして第二の屍体の検証に向った。
すると司法主任が、待構えた様に機関庫主任を捕えて、
「73号のタンク機関車が、H機関庫を出発したのは何時ですか?」
「午前二時四十分です」
「ははあ。で、当駅を通過したのが三時半と――。じゃあ、無論途中停車はしなかったですね?」
「ええ、そうですとも。当駅で炭水補給の停車以外には、N操車場《ハンプ・ヤード》まで六十|哩《マイル》の直行運転です」
「ふむ。ところで、乗務員は何名でしたか?」
「二名です」
「二名――? 三名じゃあなかったですか?」
「そ、そんな筈はありません。第一、原則的に、機関手と助手の二名だけ――」
「いや。その原則外の、非合法の一人があったのだ!」と、それから、急《せ》き込んで、駅長へ、「N駅へその男の逮捕方を打電して下さい。もう機関車は、N操車場《ハンプ・ヤード》へ着くに違いない――」
すると、今まで黙っていた喬介が、突然吹出した。
「……冗談じゃあない。内木さんにも似合わん傑作ですよ。ね。――もしも私が、その場合の犯人であったとしたなら、N駅へ着かない以前に、機関車を投げ出して、疾《とっく》の昔に逃げてしまいますよ。いや、全く、貴下の意見は間違いだらけだ。例えば、最初機関車がH駅を出発した当時から、犯人が被害者の二人と一緒に乗っていたものとすれば、第一の屍体の兇器、即ち昨日まで道床|搗固《つきかため》に使われ、当駅の工事用具所へ仕舞われたあの撥形鶴嘴《ビーター》を犯行後機関車の中からランプ室と貯炭パイルの間の狭い地面へ投げ捨てる事は出来るとしても、一体、何処からそいつを手に入れる事が出来ると言うんです。そして、又よしんばそれが出来得たとしても、犯人は何の必要があって、わざわざ当駅で停車中などに二人もの人間を殺害しなければならなかったのです。犯人が機関車に乗っていたのならば、何もこんな処で殺さなくたって、あの吹雪の闇を疾走中に、もっと適切な殺し場がいくらもあった筈ではないですか。――いや、この事件は、いま貴下が考えていられるより、もう少しは面白いものらしい
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