石炭|堆積台《パイル》を、肥《ふと》った体を延び上げる様にして指差した。
そこで喬介は助役に軽く会釈すると、今度は、司法主任と向合って顕微鏡の上に屈み込んでいる警察医の側へ行き、その肩へ軽く手を掛けて、
「どうです。判りましたか?」
すると警察医は、一寸そのままで黙っていたが、やがてゆっくり立上って大きく欠伸《あくび》をひとつすると、ロイド眼鏡の硝子《たま》を拭き拭き、
「有りましたよ。いや。仲々沢山に有りましたよ。――先ず、多量の玻璃《はり》質に包まれて、アルカリ長石、雲母《うんぼ》角閃石、輝石等々の微片、それから極めて少量の石英と、橄欖《かんらん》岩に準長石――」
「何ですって。橄欖岩に準長石?……ふむ。それに、石英は?」
「極く少量です」
「――いや、よく判りました。それにしても、……珍らしいなあ……」と喬介はそのまま暫く黙想に陥ったが、やがて不意に顔を上げると、今度は助役に向って、「この駅の附近の線路で、道床に粗面岩の砕石を敷詰めた箇所がありますか?」
するとその問に対して、助役の代りに配電室の技師が口を切った。
「此処から三|哩《マイル》程東方の、発電所の近くに切通《きりとおし》がありますが、その山の切口から珍らしく粗面岩が出ていますので、その部分の線路だけ、僅かですが、道床に粗面岩の砕石を使用しております」
「ははあ。するとその地点の線路は、勿論当駅の保線区に属しているでしょうな?」
「そうです」今度は助役が答えた。
「では、最近その地点の道床に、搗固《つきかため》工事を施しませんでしたか?」
「施しました。昨日と一昨日の二日間、当駅保線区の工夫が、五名程出ております」
助役が答えた。すると喬介は、生き生きと眼を輝かせながら、
「判りました。――殺人に用いられた兇器は撥形鶴嘴《ビーター》です!」そして吃驚《びっくり》した一同を、軽く微笑して見廻しながら、「しかも、それは、当駅の工事用器具所に属するものです!」
二
私は、喬介の推理に今更の様に唖然としながらも、鶴嘴の一方の刃先が長さ約五|糎《センチ》程の撥《ばち》形に開いた兇器――よく汽車の窓から見た、線路工夫の振上げているあの逞しい撥形鶴嘴《ビーター》を、アリアリと眼の中に思い浮べた。内木司法主任も、私と同様に驚いたらしく、眼を大粒に見開いたまま、警察医の方へ臆病そうに顔を向けた。すると今まで、相変らずポケット・ハンドをしたまま黙り込んでいた痩ギスの駅長が、ズングリした頬骨を突出しながら、熱心な語調で喬介に立向った。
「しかし、たとえそれらの鉱片が傷口に着いていたからとて、何もそれだけで、兇器を、あの切通で使った撥形鶴嘴《ビーター》であると推定されるのは、少し早計ではないでしょうか?――御承知の通り、砕石道床と言う奴は、砕石が角張っている点は理論的に言えば道床材料として大変好都合なんですが、何分高価なものですから我国では普通に使用されず、その代りに主として精選砂利を用いております。が、これとても又相当に値段が張りますので、普通経済的に施工するためには、道床の下部に砂交りの切込砂利を入れ、上部の表面だけに精選砂利を敷詰める方法、所謂――化粧砂利と言うのがあります。で、この、化粧砂利の下の粗雑な切込砂利に、石英粗面岩の細片を使用した道床が、つまり表面は普通の精選砂利でも、内部が石英粗面岩の切込砂利になっている道床が、H駅の附近にも数ヶ所もあるのです」
駅長はそう言って喬介の顔を熱心に見詰めた。が、喬介は、決してひるま[#「ひるま」に傍点]なかった。
「石英粗面岩――ですって? いや。大変いい参考になりました。でも、石英粗面岩と粗面岩とは、同じ火成岩中の火山岩に属していながらも、全々別個の岩石である事を忘れないで下さい。即ち、粗面岩は石英粗面岩と違って石英は決して多くは存在せずに、却って橄欖岩や準長石の類は往々含有している事、をですな。そしてしかも、この種の岩石は、本邦内地には極めて産出が少く、大変珍らしい代物なんです」
そこで駅長は、二、三度軽く頷くと、そのまま急に黙ってしまった。喬介は司法主任へ向って、
「とにかく、撥形鶴嘴《ビーター》と言えばそんな小さな品ではないんですから、一応その辺を探して見て下さい。もし有るとすれば、きっと発見《みつ》かるでしょう」
で、二名の警官が、司法主任から兇器の捜索を命ぜられた。
一方喬介は、ソッと私を招いて、先程司法主任が知らしてくれた軌条沿いの血の雫の跡を、懐中電燈で照しながら、線路伝いに駅の西端へ向って歩き始めた。
が、二十|米《メートル》も歩いたと思う頃、立止って振返ると、給水タンクの下であれこれと指図しているらしい司法主任の方を顎で指しながら、私へ言った。
「ね君、大将の言ってる事
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