刻までにはあの通り雪が降っていましたし、報告に接して急行した吾々《われわれ》係官の現場調査も、充分――いや、これはむしろ貴下方の御信頼に任すとして――、それにもかかわらず、この雪の地面には、加害者と覚しき足跡は愚か、被害者自身の足跡すら発見されなかったのです。従って私達は、ここで最も簡単にしかも合理的に、犯行の本当の現場を見透す事が出来るのです。即ち屍体は、推定時間当時に於てこの下り一番線上を通過した機関車から、灰掻棒で殺害後|突墜《つきおと》されたものに違いないと言う事――私のこの考え方を裏書してくれる確実な手掛りを御覧下さい」
司法主任はそう言って、軌条と屍体との中間に当る路面に、懐中電燈の光を浴びせ掛けた。――成程、薄く積った地面の雪の上には、軌条から二|呎《フィート》程離れしかも軌条に平行して、数滴の血の雫《しずく》の跡が一列に並んで着いている。その列の尖端、つまり血の雫の落始まった処は、屍体よりも約五|呎《フィート》程の東寄にあって、其処には同じ一点に数滴の雫が、停車中の機関車の床から落ちたらしく雪の肌に握拳《にぎりこぶし》程の染《しみ》を作っている。そして二|呎《フィート》三|呎《フィート》と列の西に寄るに従って、雫と雫との間隔は一|吋《インチ》二|吋《インチ》と大きくなって、やがて吾々の視線から闇の中へ消えている。司法主任は、それらの雫の特異な落下点を指差しながら、機関車が給水のため此処で停車していた時に犯行が行われたに違いない、と附け加えた。喬介はそれにいちいち頷きながら聴いていたが、やがて、駅員達の方へ振返って、屍体発見並に被害者の説明を求めた。
と、それに対して、ゴム引の作業服を着た配電室の技師らしい男が進み出て、自分が恰度午前四時二十分前頃に、交換時間で、配電室から下り一番の線路伝いに本屋《ほんおく》の詰所へ戻る途中、この場で、この通りに倒れている屍体を発見し、直《ただち》に報告の処置を執《と》った旨を、詳細に且つ淀みなく述べ立てた。が、被害者に就いては、一向に見覚えがない旨を附加えた。すると今度は、今まで助役の隣で、オーバーのポケットへ深々と両手を突込んだまま人々の話に聞き入っていた頬骨の突出た痩《やせ》ギスの駅長が、被害者は、W駅の東方約三十|哩《マイル》のH駅機関庫に新しく這入った機関助手である事は判るが、姓名その他の詳細に就いては不
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