たのだ。やがて機関車が着くと、素速く梯子から機関車の框《フレーム》へ飛び移って、乗務員に発見されない様に、汽罐の前方を廻って反対側の框《フレーム》に匐《は》いつくばっていたに違いない。一方、機関助手の土屋良平は、そんな事も知らずに給水作業に取掛る。そして、あの恐ろしい機構《からくり》に引掛って路面の上へ俯伏《うつぶせ》にぶっ倒れる。すると操縦室《キャッブ》にいた井上順三が、何事ならんと驚いて、操縦室《キャッブ》の横窓から、半身を乗出す様にして覗き込む。と、そうだ。恰度その時を狙って、反対側の框《フレーム》に蹲《うずくま》っていた犯人は、素速く操縦室《キャッブ》に飛び込むと、井上順三の背後から、鋭利な短刀様の兇器で、力任せに突刺したんだ。――」
すると今まで黙って聞いていた司法主任が急に眉を顰《ひそ》めて、
「じゃあ、つまり貴方は、機関車を動かしたのは、犯人だ、と仰有《おっしゃ》るんですね?」
「無論そうです。この場合、犯人以外には機関車を動かす事は出来なかった筈です。――従って犯人は、操縦技術を知ってる男で、犯行後再び機関車からこちらの梯子へ飛び移る前に、素速く発車|梃《てこ》を起し、加速装置《アクセンレーター》を最高速度に固定したに違いありません。そして給水タンクから貨物ホームへ、屋根伝いに逃げ去りながら、撥形鶴嘴《ビーター》をパイルとランプ室の間へ投げ捨てて行ったのです。一方、操縦室《キャッブ》の床に倒れていた井上順三の屍体は、機関車の加速度と、曲線《カーブ》に於ける遠心力の法則に従って、あの通りに投げ出されます。だが、ここで問題になるのは、何故犯人は[#「何故犯人は」に傍点]、犯行後機関車を発車させたか[#「犯行後機関車を発車させたか」に傍点]? と言う点です。が、この最後の疑問を突込む前に、僕は、いまひとつ、新しい発見を紹介しよう」と、それから喬介は明かに興奮を浮べた語調で、「この鉄蓋《やね》の上を見給え。いま吾々がこうしていると同じ様に、犯人も、必ず此処の上では匐《は》って歩いたのです。そしてしかも、あの重い撥形鶴嘴《ビーター》は、この通り、自分より少しずつ先へ投げ出す様にして運びながら匐進《ふくしん》したのです。それにもかかわらず、どうです、犯人の掌《て》の跡は、右掌だけで、何処を見ても左掌の跡はひとつも無いじゃあないですか。――つまり、犯人は、右手片
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