かっていた。横町の人びとの噂によると、なんでも退職官吏の未亡人ということで、もう女学校も卒《お》えるような娘が一人あるのだが、色の白い肉づきの豊かな女で、歳にふさわしく地味なつくりを装ってはいるが、どこかまだ燃えつきぬ若さが漲《みなぎ》っていた。そしていつの頃からか、のッぺりした三十がらみの若い男が、いり込んで、遠慮深げに近所の人びとと交際《つきあ》うようになっていた。けれども、酔い痴《し》れたようなその静けさは、永くは続かなかった。煙草店が繁昌して、やがて女中を兼ねた若い女店員が雇われて来ると、間もなく、いままで穏かだった二人の調和が、みるみる乱れて来た。澄子《すみこ》と呼ぶ二十を越したばかりのその女店員は、小麦色の血色のいい娘で、毬《まり》のようにはずみのいい体を持っていた。
煙草屋の夫婦喧嘩を真ッ先にみつけたのは、「青蘭」の女給達だった。「青蘭」の二階のボックスから、窓越しに向いの煙草屋の表二階が見えるのだが、なにしろ三間と離れていない街幅なので、そこから時どき、思いあまったような女主人のわめき声が、聞えて来るのだった。時とすると、窓の硝子扉《ガラスドア》へ、あられもない影法師
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