どと云うことは、仲々出来ないと云う理由で、他殺説を主張した。判検事も、警官も、大体その意見に賛成した。そして階下《した》の店の間を陣取って、いよいよ正式の訊問が始まった。
 まず、娘の君子が呼び出された。母親を失った少女は、すっかりとり乱して、しゃくりあげながら次のような陳述をした。
 その晩、母の房枝は、君子に店番を命ずると、澄子を連れて表二階へあがって行った。それが十時頃だった。君子は、その時の母の様子がひどく不機嫌なのを知ったが、よくある事で大して気にもとめず、雑誌なぞ読みながら店番をしていたが、十一時になると、学校へ行くので朝早いためすっかり睡《ねむ》くなってしまい、そのままいつものように店をしまって裏二階の自分の部屋へ引きとり、睡ってしまった。二階の階段を登った時には、表の部屋からは話声は聞えなかった。が、君子にとっては、それは疑いを抱かせるよりも、妙に恥かしいような遠慮を覚えさしたと云うのだった。ところが、しばらくうとうととしたと思うころ、表の部屋のほうで、例の悲鳴と人の倒れる音を聞いて眼を醒《さま》し、しばらく寝床の中でなんだろうと考え考え迷っていたが、急に不安を覚えだすと、堪えられなくなって寝床から抜け出し、表の部屋へ行って見たのだが電気が消えていたのでいよいよ不安に胸を躍らせながら、間の部屋に電気をつけてそこの唐紙をそおッとあけて表の部屋を覗きみた。そしてその部屋の真中に澄子が倒れているのをみつけるとそのまま声も上げずに転ぶようにして階下《した》へ駈けおり、表の戸をコジあけるようにして人々に急を訴えたのだ――大体そんな陳述だった。
「表の部屋を覗いた時に、窓のところにお母さんが立っていなかったか?」
 警官の問に君子は首を振って答えた。
「いいえ、もうその時には、お母さんはいませんでした」
「それで驚いて階下《した》へ降りた時に、お母さんがいないのを見ても、別に不審は起らなかったのか?」
「……お母さんは、時どき夜|晩《おそ》くから、小父《おじ》さんと一緒にお酒を飲みに行かれますので、また今夜も、そんな事かと思って……」
「小父さん? 小父さんと云ったね? 誰れの事だ?」
 警官は直ぐにその言葉を聞きとがめた。そこで君子は、達次郎のことを恐る恐る申立てた。そしてビクビクしながらつけ加えた。
「……今夜小父さんは、お母さんよりも先に、まだ私が店番をしている時に出て行きました……でも、裏口はあけてありますので、途中で一度帰って来たかも知れませんが、私は眠っていたので少しも知りませんでした」
「いったい何処《どこ》へ、飲みに行くのかね?」
「知りません」
 そこで係官は、直ぐに部下を走らせて、達次郎の捜査を命じた。そして引続いて、「青蘭」の女給達と、例の三人組が、証人として訊問を受けることになった。
 証人達は、いちばん始めに申立てた事をもう一度繰返した。しかしむろんそれ以外に、なにも新しい証言は出来なかった。ただ、君子の申立が、自分達の見ていたところと一致していることと、それから達次郎のことに関して、女給達が、君子の知っていた程度のことを申立てただけだった。
 そこで訊問が一通り済むと、大体房枝の殺された時刻が判って来た。つまり、「青蘭」の女給達に見られて、澄子と対座していた房枝が、荒々しく窓の硝子《ガラス》戸を締めた、あの時から、十一時頃までの間に殺された事になる。そうすると、君子の証言が正しい限り、その間達次郎は家にいなかったではないか? しかし、君子が店番をしている間に、そっと裏口から忍び込んで二階に上り、房枝を絞殺して再び逃げ去った、と見る事は出来ないだろうか? いずれにしても、これは達次郎を調べないことには判らない。
 その達次郎は、しかしそれから間もなく、警官の手にもかからずにふらふらと一人で帰って来た。なにがなんだか、わけのわからぬ顔つきで、問わるるままにへどもどと答えていった。
 それによると、達次郎は、十時からいままで、新橋の「鮹《たこ》八」というおでん屋で、なにも知らずに飲み続けていたということだった。直ぐに警官の一人が「鮹八」へ急行した。が、やがて連行されて来た「鮹八」の主人は、達次郎を見ると、直ぐに云った。
「ハイ、確かにこちら様は、十時頃からつい先刻《さっき》まで、手前共においでになりました。……それはもう、家内も、他のお客さんも、ご存知の筈でございます……」
 係官は、ガッカリして、「鮹八」を顎で追いやった。
 達次郎にはアリバイが出て来た。さあこうなると、捜査はそろそろ焦《あせ》り気味になって来た。表には君子が番をしていたし、裏口には、出たところで焼鳥屋が、誰も通らなかったと頑張っている。表二階の窓は「青蘭」の二階から監視されていたし、裏二階の君子の部屋の窓には内側から錠が下ろしてあ
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