行に出掛ける仕度をしていた時だった。
三四郎が級主任をしている補習科A組の美木《みき》という生徒が、不意に転げ込んで来て、三四郎の留守宅に持上った兇事の報せを齎《もた》らして来た。私は寒空に冷水を浴びた思いで、それでもすぐにスキーをつけると、あわてふためいて美木と一緒に走りはじめた。
私達が家を出ると、直ぐに市内の教会から、クリスマス前夜《イヴ》の鐘が鳴りはじめたので、もうその時は九時になっていたに違いない。
美木という生徒は、大柄な水々しい少女で、どこの女学校にもきまって二、三人はいる早熟組の一人だった。化粧することを心得、スカートの長さがいつも変って、ノートの隅に小さな字で詩人の名ばかり書き並べていようという。美木はまた、よく三四郎のところへ遊びに来ていた。「浅見先生に文学を教えて頂く」なぞと云いながら、三四郎の留守にも度々訪れたというのだから、その「文学」は三四郎でなく、及川にあったのかも知れない。いずれにしても美木は、その夜も三四郎の宅を訊ねて行ったという。けれども戸締りがしてないのに家の中に人の気配がないと、ふと不審を覚えていつもの軽い気持で玄関から奥へ通ずる扉《ドア》
前へ
次へ
全30ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
大阪 圭吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング