を突いていたと見えて、杖の先の雪輪《リング》で雪を蹴散らした痕《あと》が二、三間毎についているが、右側には全然ない。
 私の胸は高鳴りはじめた。予想が適中したのだ。つまりそのスキーの主は、左手には杖を突きながら、右手には杖を突くことが出来なかったのだ。その手は、杖の代りに何ものかを抱えていたに違いない。怪しい男に抱えられて、藻掻《もが》きつづけながら運ばれて行った子供の姿が、瞼《まぶた》の裏に浮上って来た。私はいよいよ固くなりながら、前の方を絶えず透し見てはスキーの跡をつけて行った。
 疑問のスキーは、生垣を越して空地を通り抜け、静かな裏通りへ続いて行った。この辺りはH市の郊外でも新開の住宅地で、植込の多い人家はまばらに点在して、空地とも畑ともつかぬ雪の原が多かった。
 この雪は、夕方から八時まで降った処女雪で、美しい雪の肌には他のスキーの跡は殆んどなく、時たま人家の前で新しいスキーの跡と交叉したり、犬の足跡がもつれたりしている以外には、疑問のスキーを邪魔するものはなかった。なにしろ、相手が相手である。私は戦慄に顫えながらも、益々注意深く、森《しん》とした夜空の下を滑りつづけて行った。
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