ね?」
 私が頷くと、
「じゃアやっぱり子供のものだ」
 とわけのわからぬことを云いながら、道路の生垣に沿ったところまで私を誘って行きそこに残されている二組のスキーの跡を指しながら云った。
「片杖の跡のないのも無理はないですよ。子供は、サンタ・クロースに抱えられて行ったのではなく、サンタ・クロースに連れられて、自分でスキーをはいて行ったんです」
 成るほど雪の上には、大人のスキーと並んで、幅の心持狭いスキーの跡が、表通りを進んでいる。
「さア、訊問に呼び出されないうちに、急いでこの跡をつけて行きましょう」
 私達は、直ぐに滑り出した。
 もう大分時間もたっている事だから、どこまでその跡の主人《あるじ》達は進んでいるか判らない。最初私は、そう思って滑り出したのだが、ところが、生垣に沿って五十|米突《メートル》も進んだ処で、不意にその条痕《あと》は、なにか向うから来たものを避けるようにして二つとも右側へ方向転換《キックターン》している。私はギョッとなった。そこは隣りの空家である。二つの条痕は、ささやかな生垣の表からはいって玄関をそれ、暗い建物の横から裏のほうへ廻っているらしい。私達は固唾を飲んでつけだした。
「意外に近かったですね」田部井氏が歩きながら、蒼い顔をして云った。「どうも、不吉な結果になりそうです……ところで、あなたは、いったいサンタ・クロースを、誰だと思いますか?……もうお判りになったでしょう?」
 私は顫えながら、烈しく首を振った。田部井氏は空家の庭へ踏み込みながら、
「判っていられても、云い憎いんじゃアないですか?……この場合、サンタ・クロースになって、窓から贈物を届けるほどの人は、誰でしょう?……しかも、子供は、引ッ抱えなくても、一人でスキーをはいてついて来るんです……確か、七時半頃に、このH市へ着く汽車がありましたね?……私はなんだかその汽車で、予定よりも一日早く、浅見さんが帰って来たんじゃないかと」
「えッ、なに三四郎が※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」私は思わず叫んだ。「飛んでもない……よしんば、三四郎が帰ったにしても、なぜ又こんな酷惨《むごたら》しいことを……いいや、あんなに家庭を愛した男が、どうしてこんなことをするものですか!」
 しかしもうその時、空家の裏側へ廻っていた田部井氏は、そこの窓の下に二組の大小のスキーが脱ぎ捨てられているのをみつけると、すぐに明放《あけはな》された窓へ飛びつき、真暗な部屋の中へはいって行った。続いて窓枠に飛びついた私は、この時闇の中から顫え上るような、田部井氏の呻き声を聞いた。
「ああ……やっぱり遅かった……」
 闇に眼が馴れるにつれて、やがて私も、天井に下げたカーテンのコードで、首を吊っている浅見三四郎の、変り果てた姿を見たのだった。その足元には、バンドで首を絞められた子供が、眠るように横わっていた。チョコレートの玉が、二つ三つ転っている。その側に、キチンと畳まれた紙片が置いてあったが、田部井氏はそれを拾い上げると、チラリと表紙《おもて》を見て、黙って私にそれを差出した。それは三四郎の、私にあてた、たった一つの遺書であった。雪明りを頼りに急ぎ認《したた》めたものとみえて、荒々しい鉛筆の走書きであったが、窓際によって、私は顫えながらも、辛《かろう》じて読みとることが出来た。
[#ここから1字下げ]
 鳩野君。
 とうとう僕は、地獄へ堕ちた。しかし君にだけは、事の真相を知って貰いたい。
 農学校は、雪崩《なだれ》のために予定よりも一日早く休みになった。七時半の汽車で町についた僕は今夜がクリスマス・イーヴなのに気づいて、春夫の土産《みやげ》を買って家路を急いだ。
 君は、僕がどんなに平凡な男で、妻を、子供を、家庭を愛していたか、よく知っていてくれたと思う。僕は、妻や子供が、予定よりも一日早く帰ってくれた僕を、どんなに喜んでくれるか、そう思うと、いっそうその喜びを大きくしてやりたさに、ふと、サンタ・クロースを思いついた。僕は、幸福にはち切れそうな思いで、わざわざ家の裏へ廻って、跫音《あしおと》を忍ばせ、居間の窓粋へ辿りつくと、そうッとスキーを脱いで杖に突き、窓枠へ乗って、驚喜する家人の顔を心の中に描きながら、硝子《ガラス》扉を開けた。
 ああ僕は、しかしそこで、絶対に見てはならないものを見てしまったのだ! 部屋へ入って僕は、長椅子の上に抱き合いながら慄えている及川と妻の前へ、僕のそれまでの幸福の塊《かたまり》みたいな、土産の玩具箱を投げつけてやった。
 しかし鳩野君。どうしてそんなことで、沸《たぎ》り立つ憎しみがおさまろう。それから僕が、涙を流しながら、灰掻棒でなにをしたか、もう君は知っている筈だ。僕は、隣室で眼を醒した春夫に、僕のした事を知らすまいとして春夫を騙して表へ連れて
前へ 次へ
全8ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
大阪 圭吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング