くら戻っても、いくら見廻しても、しかし疑問のスキーの跡は、みつからない。こいつは妙だぞ、私は益々うろたえはじめた。
ところが、空地の入口の近くまで来て、やっと私は、仄白い雪の肌に、さっきのスキーの跡を再びみつけることが出来た。私はホッとして、今度こそは見失わぬように、ずっとその跡の近くまで寄添って、糸でも手繰《たぐ》るようにしながら進みはじめた。こうしてつけて行くと、やっぱりその跡は、原ッぱを斜めに横切って、本通りのほうへ向っている。なんだってこいつを見失ったりしたのだろう。私は、再三自分で自分をどやしつけながら、注意深く跡を見詰めつづけて行った。ところが、そうして今度こそはと注意して進むうちに、とうとう私は、まことになんとも変テコなことに気がついてしまった。
というのは、原ッぱの真ン中近くまで来ると、どうしたことかその疑問のスキーの跡は、ひどく薄くなって、いや元々古い雪の上に積った新しい雪の上のその跡は、決して深くはなかったのだが、それよりも又浅くなって、なんと云うことだろう、進むにつれ、歩むにつれ、益々浅く薄く、驚く私を尻目にかけて、とうとう空地の真中頃まで来ると、まるでその上を滑っていたものが、そのままスウーッと夜空の上へ舞上ってしまったかのように、影がうすれ、遂にはすっかり消えてしまっているのだ。
その消え方たるや、これが又どう考えてもスキーの主に羽根が生えたか、それとも、あとから、その跡の上に雪が降って、跡を消してしまったか――それより他にとりようのない、奇怪にも鮮かな消えかただった。
私は、うろたえながらも、夢中になって考えた。しかし前《さき》にも述べたように、夕方からひとしきり降りつのった雪は八時になってバタッと止んでしまうとそのまま「寒の夜晴れ」で、あとから雪なぞ決して降らなかった。よし又、たとい降ったとしても、ここから先の跡を消した雪が、何故現場からここまでの跡を消さなかったのであろうか? 雪はあまねく降りつもって、凡ての跡は消されなければならない。――それでは、その原ッぱに奇妙な風雪《かざゆき》の現象が起って、風に舞い上げられた雪が降りつもって、その部分の跡が消されたのではあるまいか? しかしそのような風雪を起すほどの風は、決してその晩吹かなかった筈だ。――私は憑かれた人のように雪の原ッぱに立竦んでしまった。まだ鳴り止まぬ不気味な鐘の音が、悪魔の嘲笑《あざけり》のように澄んだ空気を顫わせつづける。
しかし、ここで私は、いつまでもボンヤリ立竦んでいるわけにはいかない。攫《さら》われた子供の安否は急を告げている。家には二人の死人がある。もうこの上は、猶予なく警察へ報せなければならない。
やがて私はそう決心すると、そのまま一直線に市内へ向って走り出した。一番近い交番へ飛び込んで、事件を知らせ、そこの若い警官と一緒に再び元来た道を引返しながらも、しかし私は、雪の原ッぱの消失ばかり気にしなければならなかった。
やがて私達が、ひとまず三四郎の家まで辿りついた時には、もう出来事を嗅ぎつけたらしい近くの家の人達が二、三人、スキーをつけて、警察へ報せに出ようとしているところだった。三四郎の家の前には、その人達に混って度を失った美木が、泣き出しそうな顔で立っていた。家の中には、美木に呼びにやらした田部井氏が、恐らく私と同じ事を考えたのであろう、ガタピシ扉《ドア》を鳴らして部屋から部屋へ子供の行衛《ゆくえ》を探していた。
警官は家の中へはいって現場をみると、直ぐに私と田部井氏へ、本署から係官が出張されるまで、現場の部屋を犯さないよう申出た。そして三四郎の書斎に充《あ》てられた別室へ陣取ると、戸外《おもて》の美木も呼び込んで、ひと通り事情を聴取しはじめた。
美木も私も、すっかりとりのぼせてしまって、前に述べたような発見の径路や、この家の家族についての説明を、横から口を出したり後戻りしたりしながら、喋っていった。しかし田部井氏はかなり落ついていて、口数も少なかった。
やがて、数人の部下を連れた肥《ふと》った上役らしい警官が到着すると、現場の調べが始まった。パッ、パッ、と二つも三つもフラッシュが焚かれて、現場の写真が撮られて行った。現場が済むと警官達は、家の外を廻って窓の下へ集まって行った。肥った上官は、さっきの若い警官から報告を受けたり、死体の有様を眺めたりしていたが、窓の外の警官達が、生垣の隙間を越して向うの空地へ、ざわめきながらスキーの跡をつけはじめると、じっとしていられないように、あとを若い警官にまかせて窓の外へ出て行った。
私は三四郎に当てて電報を書くと、それを美木に持たせて郵便局へ走らせた。そして始めて落ついた気持で、田部井氏と差向いになった。
田部井氏は、さっき私が警官に色々と説明していた頃から、
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