断りいたしておきますが、御承知の通りこの辺一帯の海岸は高い崖になっておりまして、此処から凡《およ》そ一丁半程の西に、一段高く海に向って突出した普通に梟山《ふくろやま》と呼ぶ丘が御座居ます。恰度妾が家を出て二三十歩き掛けた頃で御座居ました。雑木林の幹と幹との隙間を通じて、梟山の断崖の上でチラリと二人の人影が見えたのです。何分遠方の事で充分には判り兼ねましたが、ふと何気なく注意して見ますと、その一人は外ならぬ主人なので御座居ます。が、他の一人は主人よりずっと小柄の男で、も一人の証人が申される通り水色の服をきていた様で御座居ますが、これが一向に見覚えのない、と申しますより遠距離で容貌その他の細かな点が少しもハッキリ見えないので御座居ます。妾は立止った儘《まま》ジッと目の間から断崖の上を見詰めていました。――すると、突然二人は争い始めたので御座居ます。そして……それから……」
夫人はフッと言葉を切ると、そのまま堪え兼ねた様に差俯向《さしうつむ》いて了《しま》った。
「いや、御尤《ごもっとも》です。――すると、兇行の時間は、十時……?」
大月が訊《たず》ねた。
「ええ。ま、十時十五分から二十
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