夫人を想像するのは、これこそ、最も尋常で、簡単な、だが非常にハッキリした強い魅力のある推理ではないか。――ところが、茲《ここ》に、僕の推理線の合理性を裏書して呉《く》れる適確な証拠があるんだ。君は、昨晩あの別荘の食堂で、夕食後比露子夫人が何気なく満紅林檎の皮を剥いて僕達に出して呉れたのを見ていたろう。そして勿論君は、その時、あの兇行の現場で僕が下した『犯人は左利である』と言う推定を思い出しながら、熱心に夫人の手元を盗み視たに違いない。ところが、夫人は左利ではなかった。そこで君は恰も自分の過敏な注意力を寧《むし》ろ嫌悪する様ないやな顔をして鬱ぎ込んで了《しま》った。――だが、決して君の注意力は過敏ではなかったのだ。それどころか、まだまだ観察が不足だと僕は言いたい。若しもあの時、君がもう少し精密な洞察をしていたならば、屹度《きっと》君は、驚くべき事実を発見したに違いないんだ。何故って、夫人は明かに右利で、何等の技巧的なわざとらしさもなく極めて自然に右手でナイフを使っていた。が、それにも不拘《かかわらず》、夫人の指間に盛上って来るあの乳白色の果肉の上には、現場で発見したものと全く同じ様な左巻
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