、その時に僕は、昨日別荘で、夫人の陳述した証言を思い出したんだ、――突然、二人は格闘を始めました。そして、曰々――と言った奴をね。ここんとこだよ。いいかい君。夫人は、同じその証言の中に於て、兇行当時あの断崖の上の人物を、一人は夫の直介であると見、又も一人は水色の服を着た小柄な男と言明している通りに、近視眼じゃあないんだよ。そして而も、思い出し給え。夫人は、岸田直介との結婚前に、飯田橋|舞踏場《ホール》のダンサーをしていたんだぜ。その比露子夫人《ひろこふじん》が、仮令《たとい》多少の距離があったにしろ、そして又、仮令もう一人の百姓の証人――彼はダンスのイロハも知らない素朴な農夫だ――が、そう言っているにしろ、ダンスをし始めるのと、喧嘩をし始めるのとを、見間違えるなんて事は、そのかみダンスでオマンマを食べていた彼女の申立として、断然信じられない話だ。そこで、僕は、夫人が虚偽の申立をしたのではないか、と言う、殆《ほとん》ど不可避的な疑惑にぶつかったものだ。同時にだ。逆に、この調子の強烈な、六ヶ敷そうな直介氏のダンスの相手《パートナー》として、曾《かつ》て職業的なダンサーであったところの比露子
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