―勿論、最初、あの取り乱れた足跡を見た時には、僕も、異議なくあれが争いの跡であると信じ切っていたよ。だが、僕は、君があの証人と何か話合っている間に、あの芝草の中から、こ奴《いつ》を、このレコードの缺片《かけら》を、拾い上げたんさ。それから急に、僕が鬱《ふさ》ぎ込んで了ったのを、君は大分不審に思っていた様だったね。だが、実を言うと、あんな田舎の丘の上で、而も殺人の現場で、オヨソその場面と飛び離れた蓄音器のレコードの缺片などを拾い込んだ僕の方が、君よりも、どれだけ不審な思いをしたか判らないよ。而もこの小片は、よく見ると、あの喧嘩の靴跡の内の、芝草の生際《はえぎわ》に一番近い女の靴跡の下敷になっていたんだよ。つまり海水靴の踵に踏み付けられた様になって、割れてからまだ間もない様な綺麗な顔を、砂の中から半分覗かせていたんだよ。――僕は、考えた。晩迄考えた。そして到頭、その謎を解いて了ったんだ。――新時代の生活者である岸田夫妻の別荘の近くに、こ奴が転っていたのに不思議はないとね。つまり、あの丘の見晴しのいい頂の上で、よしんばそれが直介氏であろうと、比露子夫人であろうと、或は又、その他の誰れであろう
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