の先がびッしょり汗ばんで、眩暈《めまい》がしそうになるのを、ジッと耐えて、事務卓《デスク》に獅噛《しが》みついていた。が、それでも段々落着くに従って、彼の脳裡に或るひとつの考えが、水の様に流れ始めた……
 ――ひょっとすると、この女が、あの梟山の海水靴の女ではないだろうか? そして、先生が……だが、そうすると、一体この騒ぎは何になる……いや、これには、何か深い先生のたくらみがあるに違いない。そうだ。兎に角この女を逃してはならない。犯人を茲迄引き寄せて、この儘逃したとあっては面目ない。先生の先刻の、あの意味ありげな微笑は、確に自分の援助を求めた無言の肢体信号《ポーズ・サイン》なのだ――。
 やっと茲迄考えついた秋田は、ふと気付くと、もうどうやら隣室の騒ぎも済んだらしく、いつの間にかジャズの音は止んで、只、低い囁く様な話声が聞えていた。が、軈てそれも終ると、どうやら人の立上ったらしい気配がして衣摺《きぬずれ》の音がする。で、急にキッとなった彼は、椅子から飛上ると、扉の前へ野獣の様に立開《たちはだか》った。
 と、不意に扉が開いて、大月の背中が現れた。そして、そのタキシードの背中越しに、若い
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