又、そんな事をお訊ねになりますの。『花束の虫』と言うのは、何でも上杉逸二さんの書かれた二幕物の脚本だそうですけれど……」
「ははあ。成程《なるほど》。――して、内容は?」
「さあ。それは、一向に存じないんですけれど……何でもそれが、今度瑪瑙座の創立記念公演に於ける上演脚本のひとつであると言う事だけは、昨晩主人から聞かされておりました。昨日上杉さんが別荘《こちら》をお訪ね下さった時に、主人にその脚本をお渡しになったので、そんな事だけは知っているので御座居ます」
「ああ左様ですか。すると御主人は、まだ今日迄その脚本をお読みになってはいなかったんですね?」
「さあ。それは――」
「いや、よく判りました。御主人が今朝の散歩にそれを持って梟山へお出掛けになっている以上、まだお読みになってはいなかったんでしょう……」
 大月はそう言って、再び考え込みながら、アントレーの鳥肉を牛の様に噛み続けた。
 軈て食事が終ると、夫人がむいて呉れる豊艶な満紅林檎を食べながら、遺産の問題やその他差当っての事務に関して大月は夫人と相談し始めた。
 秋田は、ふと、先程丘の上で大月の下した犯人は左利きであると言う断案を
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