時には、もうとっくに午後の二時を回っていた。
 この付近の海岸は一帯に地面が恐ろしく高く、殆ど切断《きりた》った様な断崖で、洋風の小さな岸田家の別荘は、その静かな海岸に面した見晴の好い処に雑木林に囲まれながら暖い南風を真面《まとも》に受ける様にして建てられていた。
 金雀児《えにしだ》の生垣に挟まれた表現派風の可愛いポーチには、奇妙に大きなカイゼル髭を生した一人の警官が物々しく頑張っていたが、大月が名刺を示して夫人から依頼されている旨を知らせると、急に態度を柔げ、大月の早速の問に対して、岸田直介の急死はこの先の断崖から真逆様に突墜《つきおと》された他殺である事。加害者は白っぽい水色の服を着た小柄な男である事。而《しか》も兇行の現場を被害者の夫人と他にもう二人の証人が目撃していたにも不拘《かかわらず》いまだに犯人は逮捕されない事。既にひと通りの調査は済まされて係官はひとまず引挙げ屍体は事件の性質上一応千葉医大の解剖室へ運ばれた事。等々を手短かに語り聞かせて呉れた。
 軈《やが》てカイゼル氏の案内で、間もなく大月と秋田は、ささやかなサロンで比露子夫人と対座《たいざ》した。
 悲しみの為か心
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