の靴跡の前の部の局部的な強い窪み方――。等々の総合的な推理からして、僕はこの靴を、一種の木靴――あの真夏の海水浴場で、熱い砂の上を婦人達が履いて歩く可愛い海水靴《サンダル》であると推定したんだ。そして、少なくともその海水靴の側面は、美しい臙脂《えんじ》色に違いない――。何故って、ほら、これを御覧」
 そう言って大月は、靴跡の土つかずの処から、その海水靴が心持強く土の中へ喰入った時に剥げ落ちたであろう極めて小さな臙脂色の漆の小片を拾い上げて、二人の眼の前へ差出した。そして、
「勿論、こんなにお誂《あつら》え向きに漆が剥げ落ちて呉れる様では、その海水靴ももう相当に履き古されたものに違いないが、ここで僕は、去年の夏辺りどこかの海水浴場で、その海水靴と当然同時に同じ女に依って用いられたであろうビーチ・パンツとビーチ・コートを思い出すんだ。そして而もそれらの衣服の色彩は、派手な水色《ペイルブリユー》であった、とね。だが茲で、或は君は、若しも男が、犯人は女であると見せかける為に、そんな婦人用の海水靴を履いたのだとしたならどうだ、と言う疑いを持つかも知れない。が、而し、それは明かに間違っている。何故
前へ 次へ
全40ページ中17ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
大阪 圭吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング