ィギュアーと言うか、つまりステップの型だね。それは非常に強調な、人を激励する様な、ワンステップ風のものなんだ。――ところで、これを君は、何だと思う」
大月はそう言って、一枚の紙片を秋田の前に拡げて見せた。秋田は、それを一寸見ていたが、直ぐに、幾分得意然として、
「――判ります、つまりこれが、そのマーチ・フォックストロットのステップの跡、と言うか、足取りの跡を、先生が図にしたものなんでしょう」
すると大月は笑いながら、
「――ウッフッフッフッフッフッ……まあ、そうも言える。が、そうも言えない」
「と言うと――」
秋田は思わず急き込んで訊ねた。
「つまり、スパニッシュ・ワンステップの足取りであると同時にだね。いいかい。もうひとつ別の……何かなんだよ」
「別の――※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」
「他でもない。屏風浦の断崖の上の、あの素晴しい格闘の足跡なんだ!」
――秋田は、蒼くなって了った。
四
自分の鋭い不意打の決断に、すっかり魂消《たまげ》て了った秋田の顔を見ながら、ニコニコ微笑していた大月は、軈て、煙草の煙を環に吹きながらポツリポツリと言葉を続けた。
「――勿論、最初、あの取り乱れた足跡を見た時には、僕も、異議なくあれが争いの跡であると信じ切っていたよ。だが、僕は、君があの証人と何か話合っている間に、あの芝草の中から、こ奴《いつ》を、このレコードの缺片《かけら》を、拾い上げたんさ。それから急に、僕が鬱《ふさ》ぎ込んで了ったのを、君は大分不審に思っていた様だったね。だが、実を言うと、あんな田舎の丘の上で、而も殺人の現場で、オヨソその場面と飛び離れた蓄音器のレコードの缺片などを拾い込んだ僕の方が、君よりも、どれだけ不審な思いをしたか判らないよ。而もこの小片は、よく見ると、あの喧嘩の靴跡の内の、芝草の生際《はえぎわ》に一番近い女の靴跡の下敷になっていたんだよ。つまり海水靴の踵に踏み付けられた様になって、割れてからまだ間もない様な綺麗な顔を、砂の中から半分覗かせていたんだよ。――僕は、考えた。晩迄考えた。そして到頭、その謎を解いて了ったんだ。――新時代の生活者である岸田夫妻の別荘の近くに、こ奴が転っていたのに不思議はないとね。つまり、あの丘の見晴しのいい頂の上で、よしんばそれが直介氏であろうと、比露子夫人であろうと、或は又、その他の誰れであろうと、兎も角岸田家に関係のある誰れかが、手提蓄音器《ポータブル》を奏でて娯《たのし》んだとしても、何の不思議があろうとね。そして、そしてだ。このレコードの缺片や、それから又こ奴の落ちていた時の様子からして、僕は、誰れか彼処《あすこ》で、ダンスを踊っていたんじゃあないかと言う、極めて漠然とした、だが非常に有力な暗示にぶつかったんだ。そこで翌朝、つまり今朝だね。僕はもう一度あの丘を調べに出掛けたんだ。そして其処で僕は、はからずも、あの素晴しい足跡の中に、昨日それを見た時には全く単に荒々しい争いの跡でしかなかったその足跡の、いや靴跡の中に、どうだい、よく見ると、なにかしら或るひとつの、旋律《リズム》――と言った様なものがあるじゃないか。僕は思わず声を上げた。そして、そう思って見れば見る程、その事実は、益々ハッキリして来る。勿論《もちろん》、そんな六ヶ敷《むつかし》い、激しいステップのフィギュアーを持ったダンスを僕は知らなかった。だが、その時の僕に、それがダンスのステップの跡でないと、どうして断言出来よう。そしてそれと同時に、実に恐しい考えが、僕の頭の中でムクムクと湧上り始めたのだ。と、言うのは、その時に僕は、昨日別荘で、夫人の陳述した証言を思い出したんだ、――突然、二人は格闘を始めました。そして、曰々――と言った奴をね。ここんとこだよ。いいかい君。夫人は、同じその証言の中に於て、兇行当時あの断崖の上の人物を、一人は夫の直介であると見、又も一人は水色の服を着た小柄な男と言明している通りに、近視眼じゃあないんだよ。そして而も、思い出し給え。夫人は、岸田直介との結婚前に、飯田橋|舞踏場《ホール》のダンサーをしていたんだぜ。その比露子夫人《ひろこふじん》が、仮令《たとい》多少の距離があったにしろ、そして又、仮令もう一人の百姓の証人――彼はダンスのイロハも知らない素朴な農夫だ――が、そう言っているにしろ、ダンスをし始めるのと、喧嘩をし始めるのとを、見間違えるなんて事は、そのかみダンスでオマンマを食べていた彼女の申立として、断然信じられない話だ。そこで、僕は、夫人が虚偽の申立をしたのではないか、と言う、殆《ほとん》ど不可避的な疑惑にぶつかったものだ。同時にだ。逆に、この調子の強烈な、六ヶ敷そうな直介氏のダンスの相手《パートナー》として、曾《かつ》て職業的なダンサーであったところの比露子
前へ
次へ
全10ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
大阪 圭吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング