た。
 大月の前へ立たされたその男は、まるで弁護士と検事を勘違いした様な物腰でぺこぺこ頭を下げながら、素朴な口調で喋り出した。
「――左様で御座居ます。手前共が家内と二人でそれを見ましたのは、何でも朝の十時頃で御座居ました。尤も見たと言いましても始めからずうと見ていたのではなく、始めと終りと、つまり二度に見たわけで御座居ます。始め見たのは殺された男の方が水色の洋服を着たやや小柄な細っそりとした男と二人で梟山の方へ歩いて行ったのを見たんで御座居ますが、何分手前共の仕事をしていました畑は其処から大分離れとりますし、それに第一あんな事になろうとは思ってませんので容貌《かお》やその他の細《こまか》な事は判らなかったで御座居ます」
「一寸、待って下さい」
 証人の言葉を興味深げに聞いていた大月が口を入れた。
「その水色の服を着た男と言うのは、オーバーを着てはいなかったのですね。――それとも手に持っていましたか?」
 そう言って大月は百姓と、それから夫人を促す様に見較べた。
「持っても着てもいませんでした」
 夫人も百姓も同じ様に答えた。
「帽子は冠《かむ》っていましたか?」
 大月が再び訊ねた。この問に対しては百姓は冠っていなかったと言い、夫人は良くは判らなかったが若《も》し冠っていたとすればベレー帽だろう、と述べた。すると百姓が、
「や、今思い出しましたが、その時、殺されたこちらの旦那は、小型の黒いトランクを持っていられました」
「ほう。――」大月はそう言って夫人の方を見た。夫人は、そんなものを持って直介が散歩に出た筈はないし、又全然吾々の家庭には黒いトランクなどはない、と答えた。
「成程、では、貴方《あなた》が二度目に二人を見られた時の事を話して下さい」
 大月に促されて、再び証人は語り続けた。
「――左様で御座居ます。二度目に見ましたのはそれからほんの暫く後で御座居ましたが、急に家内の奴が海の方を指差しながら手前を呼びますので、何気なくそちらを見ると、雑木林の陰になってはっきりとは判らなかったので御座居ますが、こちらの奥さんも仰有《おっしゃ》った通り、梟山の崖ッ縁で、何でも、こう、水色の服を着た男がこちらの旦那に組付いて喧嘩してたかと思うと、間もなくあっさり[#「あっさり」に傍点]と旦那を崖の下へ突墜《つきおと》して、それから一寸《ちょっと》まごまごしてましたが、例の黒
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