は夢中で格闘を続けます。が、ロープは彼の体の所々、例えば肩、下顎部、肘等の露出個所に無数の軽い擦過傷を与え、寝巻の一、二個所を引き裂いて、更に頸部と胸部に絡み附きます。動きの取れなくなった被害者の体は、そのまま天空《そら》へ引っ張り揚げられます。バルーンが惰性的に上昇し切ってロープが強く張り切った時に、彼の呼吸は止まり、肋骨は折れ、頸部の皮膚は擦り破れて出血する。野口達市君は、文字通り天国へ登ったのです。さて――」
 喬介は、先程私の渡したノートに眼を遣《や》り、
「午前零時から二時半までに、東京地方を通過している753粍《ミリ》の低気圧と西南の強風は、バルーンを垂直上昇線から東北方へ押し出します。穴の明いていたバルーンは、低気圧の通過と相俟《あいま》って、ようやくその浮力を減じ、ロープの緊張は弛《ゆる》んで被害者の屍体は振り墜されます。デパートの屋上へではないのですよ。デパートの東北の露路《ろじ》のアスファルトの上へです。屍体が振り墜された時の震動に依って、気嚢の内底部に押し込んであった首飾の一つが、弁を開けっぱなされたままの瓦斯注入口《ガスゲート》から、死人の後を追います。最後に、
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