場から毎晩順番の交代で宿直するのが、この店の特種[#ママ]な規則と言いますかまあキマリ[#「キマリ」に傍点]になっているのです。昨晩の宿直は、店員の中ではこの野口君と私と、其処《そこ》に立っている五人と、都合七人でした。それから雑役の用務員さんの方《かた》で彼処《あそこ》にいる三人を加え、全部で十人の宿直でした。そんなわけで同じ宿直室へ寝ながら、宿直員の中ではお互に馴染《なじみ》の少い顔ばかりと言う事になるのです。昨晩の様子ですか? 御承知の通り只今では毎晩九時まで夜間営業をしていますので、九時に閉店してからすっかり静かになるまでには四十分は充分に掛ります。昨晩私達が、各々手分けをして戸締りを改めてから消燈して寝に就いた時は、もう十時に近い頃でした。野口君は、寝巻に着換えてから一人で出て行かれたようですが多分便所へでも行くのだろうと思って別に気にも留めませんでした。それから今朝の四時にお巡りさんに起されるまでは、何にも知らずにぐっすり眠ってしまったのです。……ええ、宿直室は、用務員さん達のが地階で、私達のは三階の裏側に当っています。六階から屋上に通ずるドアーですか? 別に錠は下しません」
この宿直店員の供述が終ると、喬介は他の八人の宿直員に向って、昨晩の事に関して今の供述以外のニュースを持っている人はないかを質問した。が、別に新しい報告を齎《もた》らした者はなかった。ただ、子供服部に属していると言う一人が、昨晩は歯痛のために一時頃まで眠られなかった事、その間野口達市のベッドが空《から》である事には少しも気が附かなかった事、怪し気な物音なぞは少しも聞えなかった事等、ちょっとした陳述をなしたに過ぎなかった。
次に首飾に関する喬介の質問に対して鼻先の汗をハンカチで拭いながら、貴金属部の主任が次の様に語った。
「只今知らせを受け驚いて出勤したばかりです。野口君はいい人でしたが残念な事をしました。決して他人《ひと》から恨みを受ける様な人ではありません。首飾の盗難事件ですか? どうも野口君に限って首飾とは関係ないと思いますね。とにかく首飾は一昨晩の閉店時に紛失したのです。これこれ二品です。合わせてちょうど二万円の代物です。で当時の状況から推《お》して確かにお客さんの中に犯人が混じっていたと思われます。従って貴金属部の店員は申すに及ばず、全店員の身体検査をするやら建物の上から
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