たついち》と言う二十八歳の独身店員である事、死体の落下点付近に幾つかのダイヤの混じった高価な真珠の首飾《くびかざり》が落ちていた事、そしてその首飾は、一昨日《おととい》被害者の勤務する貴金属部で紛失した二品の内の一つである事、更に又、死体及び首飾は今朝四時に巡廻中の警官に依って発見されたものなる事、そして最後に、この事件は自分が担任している事を附け加えて、少々得意気に話してくれた。説明が終わると、私達は許しを得て死体に接近し、罌粟《けし》の花の様なその姿に見入る事が出来た。
 頭蓋骨は粉砕《ふんさい》され、極度に歪められた顔面は、凝結した赤黒い血痕に依って物凄く色彩《いろど》られていた。頸部には荒々しい絞殺の瘡痕が見え、土色に変色した局部の皮膚は所々破れて少量の出血がタオル地の寝巻の襟《えり》に染み込んでいた。検死のために露出された胸部には、同じ様な土色の蚯蚓腫《みみずば》れが怪しく斜《ななめ》に横たわり、その怪線に沿う左胸部の肋骨《ろっこつ》の一本は、無惨にもヘシ折られていた。更に又、屍体の所々――両方の掌《てのひら》、肩、下顎部、肘《ひじ》等の露出個所には、無数の軽い擦過傷《さっかしょう》が痛々しく残り、タオル地の寝巻にも二、三の綻《ほこ》ろびが認められた。
 私がこの無惨な光景をノートに取っている間、喬介は大胆にも直接死体に手を触れて掌中《てのなか》その他の擦過傷や頸胸部の絞痕を綿密に観察していた。
「死後何時間を経過していますか?」
 喬介は立上がると、物好きにも側にいた警察医に向ってこう質問した。
「六、七時間を経ていますね」
「すると、昨晩の十時から十一時までの間に殺された訳ですね。そしていつ頃に投げ墜《おと》されたものでしょう?」
「路上に残された血痕、又は頭部の血痕の凝結状態から見てどうしても午前三時より前の事です。それから、少くとも十二時頃まではあの露地にも通行人がありますから、結局時間の範囲は零時から三時頃までの間に限定されますね」
「私もそう思います。それから被害者が寝巻を着ているのは何故でしょうか? 被害者は宿直員ではないのでしょう?」
 喬介のこの質問に警察医は黙ってしまった。今まで司法主任に何事か訊問されていた寝巻姿の六人の店員の一人が、警察医に代って喬介の質問に答えた。
「野口君は昨夜《ゆうべ》宿直だったのです。と言うのは、各々違った売
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