下まで細密な捜索をするやら、いや全くこの一両日は大騒ぎでした。それがこの始末です。全く不思議です」
丁度主任の供述が終った時、屍体の運搬車が来て、三人の雑役係の宿直用務員が屍体を重そうに提《さ》げ、臆病そうにヨタヨタした足取りで運び出して行った。その様子を暫く名残り惜し気に見詰めていた喬介は、やがて振り返るや私の肩を叩きながら元気よく叫んだ。
「君、屋上へ行こう」
もう開店時間に間もないと見えて、どの売場でも何時の間にか出勤した大勢の店員や売子《ショップガール》達が、商品の上に覆われた白|更紗《さらさ》のシートを畳んだり、新しい商品を運んだりして忙しく立働いているのを、エレベーターの中から見渡しつつ間もなく私達は屋上へ出た。今までの陰惨な気持を振り捨てて晴れ渡った初秋の空の下に遠く拡がる街々の甍《いらか》を見下ろしながら、私は深い呼吸を反覆した。
喬介は、被害者野口が墜《おと》されたと思われる東北側の隅へ歩み寄り、腰を屈《かが》めてタイル張りの床を透かして見たり外廓を取り繞《め》ぐる鉄柵の内側に沿う三尺幅の植込みへ手を突込んで、灌木の根元の土を掻き回す様に調べたりしていたが、間もなく複雑な気色を両の眼に浮べながら、西側の隅で虎に餌を与えている番人の姿や、東側の露台の上で気球係の男が軽気球《バルーン》の修繕をしている景色に見惚《みと》れていた私に向って、静かに声を掛けた。
「君、虎を見ているのかね。我々も一つ餌にありつこうじゃないか。……こいつはなかなか面白い事件だよ」
もう喬介は歩き出した。とうとう喬介はこの事件に乗り出してしまったな、と思いながらも、底深い好奇的な魅力に誘われた私は、喬介に従って六階へ降りた。其処で私は電話室に這入り、新聞記者としての私の職責を果すために社への一通りの報告を済ますと、喬介に連れ立って食堂へ出掛けた。
流石《さすが》に朝の内と見えて、食堂の内部はひっそりしていた。ただ、隅の窓に寄ったテーブルの一つに、司法主任と彼の部下の一人とが、分厚なサンドウイッチに噛《かじ》り附いていた。彼は私達を見附けるや、立上って同じテーブルヘ椅子を取り持ってくれた。私達は快くその椅子に着いた。給仕が私達の註文を取りに来ると、華奢な鉄格子の填《はま》った窓を見ていた喬介は、その少女を捕えて、何階の窓にも一様に鉄格子が填っている、と言う事実を確かめて
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