日本産|大茴香《だいういきょう》、普通に莽草《しきみ》又はハナシバなぞと呼ばれる木蘭《もくらん》科の常緑小喬木の果実であってな。シキミン酸と呼ぶ有毒成分を持っているんだ。シキミン酸と言うのは、ピクロトキシン属の痙攣毒とか言う奴で、一寸専門的になるが、その生理化学的な反応は、延髄の痙攣中枢って奴を刺戟する事に依って、恰度|癲癇《てんかん》の様な痙攣を起し、その痙攣中に一時意識を失うのだ。時としてはそのまま死ぬ事もあるが、ま、猛毒ではないそうだ。日本内地でも中部以南の山野にいくらも自生しているものだよ。ところで、もうひとつこの莽草の樹の用途なんだがね……こいつが実に面白いんだ……と言うのは、昔から仏前用として墓地に植えたり、又地方に依っては、その枝葉を、棺桶の中へ死人と一緒に詰めたりする外、一般には、その葉を乾したり樹皮を砕いたりして、仏前や墓前で燻《た》く、あの抹香《まっこう》を製造する原料にされているんだ。判るかい。つまりこの煎餅と言い、莽草の実と言い、二つながら手掛《てがかり》としては非常に特殊な代物である事に注意し給え。ところで、話はあの豚公に戻るんだが、もしも僕があの場合の犯人で
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