との事。尚又その娘のむしろヒステリカルな我儘は、最近|三月《みつき》、半年と段々日を経《へ》るにつれて激しくなって来たが、妙な事にはこのひと月程以前からどうした事かハタと止んで、その代りヘンに甘酢ッぱい子供の様に躁《はしゃ》いだ声で、時々古臭い「カチューシャ」や「沈鐘」の流行唄《はやりうた》を唄ったり、大声で嬉しそうに父親に話し掛けたりしていたとの事。ところが、それが又どうした事かこの四、五日前から、再び以前の様にヒステリカルな雰囲気に戻ったとの事――等々が、追々に明るみへ出されて来たんです。
――いやどうも、片山助役のこの徹底した調査振りには、少からず私も驚きましたよ。と言うのは、私も当時よくその家へ買物に出掛けた事があるんですが、全くその度毎にその娘は、障子の隙間から、顔だけ出して何とも言いようのないエロチックな笑いを浮べながら、あの薄い素絹を敷いた様な円《つぶ》らな両の瞳を見開いて、柔かな、でもむさぼる[#「むさぼる」に傍点]様な視線を私のこの顔中へ――それはもう本当に「ああいやらしいな[#「いやらしいな」に傍点]」と思われる位に、しつこく注ぎ掛けるのです。そして又その親爺と言うのが、全く助役の調査通りでして、例えば仕事をしながらも、溢れる様な慈愛に満ちた眼差《まなざし》でセカセカと娘の方を振返っては、「そんなに障子を明けると風邪を引くよ」とか、「さあ、お客様に汽車のお話でも聞くがいいよ」などと、それはそれはまるで触ると毀れるものの様にオドオドした可愛がり様を、一再ならず私は見せつけられたものです。……
ま、それはさておき、とにかくそんな調子でドシドシ洗い上げた片山助役は、やがて殆ど満足な結論にでも達したのか次の土曜日の夜には、正確に言うと日曜日――三月十八日の午前四時三十分には、もう涼しい顔をして、あの曲線線路《カーブ》の松林で、その娘の親爺を捕えるべく、例の二人の部下とそれからH署の巡査と四人で、黙々と闇の中へ、蹲《うずくま》っていたんです。
ところが、ここで片山助役の失敗が持上ったんです。と言うのは、四時四十二分に例の旅客列車が通過して、五分過ぎましたが、意外にも豚盗人はやって来ないんです。
十分、二十分、一行は息をひそめて待ちましたが、この前で懲りたのか大将一向にやって来ません。そしてとうとう肝心|要《かなめ》のD50・444号の貨物列車が通り過ぎてしまったんです。
「……ふむ。先生、この張込みに感付いたな。よし。もうこの上は、直接十方舎へ乗り込もう」
とうとう助役は、そう言って不機嫌そうに立上りました。
やがて一行は、B駅から直ぐ次の旅客列車に乗ってH駅へ来ました。そしてもう夜の明け切った構内を横切って、十方舎へ行くべく機関庫の方へ歩いて行ったんです。と、どうした事でしょう、「葬式《とむらい》機関車」の「オサ泉」と助手の杉本が、テクテクやって来るんです。見れば、杉本の例の鼻の下の煤が、いつの間にか綺麗に拭き取られているんじゃないですか!
杉本は、一行を認めると大袈裟な顔付で、
「とうとう又|殺《や》っちゃいましたよ」
「なに又殺った※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」
と、助役が思わず叫びました。
すると杉本は、
「ええ、確かに手応《てごたえ》がありましたよ。この駅のホンの一丁程向うの陸橋《ブリッジ》の下です。しかもねえ、機関車《おかま》の車輪《わっぱ》にゃあ、今度ア女の髪の毛が引ッ掛ってましたよ。豚じゃねえんです――」
で早速彼等は、十方舎の親爺の逮捕をとりあえず警官に任せて、大急ぎで逆戻りをしました。そして間もなく、H駅の西へ少し出外《ではず》れた轢死の現場へやって来たんです。
恰度朝の事で、冷え冷えとした陸橋《ブリッジ》の上にも、露に濡れた線路の上にも、もう附近の弥次馬達が、夥しい黒山を作っていました。――その黒山を押崩す様にして分け入った一行の感覚へ、真ッ先にピンと来た奴は、ナマナマ[#「ナマナマ」に傍点]しい血肉の匂いです。続いて彼等は足元に転っている凄惨な女の生首《なまくび》を見ました。――頭顱《あたま》が上半分欠けて、中の脳味噌と両方の眼玉が何処かへ飛んでしまい、眼窩《めのあな》から頭蓋腔《あたまのなか》を通して、黒血のコビリ着いた線路の砂利が見えます。――でもその眼玉のガラン洞になった半欠《はんかけ》の女の顔を見ている内に、追々に彼等は、それが、あの、葬具屋の娘――である事に気付いて来たんです。
それから彼等は、助役に引ッ張られて、顫《ふる》えながらもうひとつ奥へ進んで行きました。そしてそこで、線路の上へ転っているものを見た時に、一行は思わず嘔吐を催しました。
――それは、股の着根《つけね》から切断された両脚らしいものですが、殆ど全体に亙って太さが直径八、九寸近くもある
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