と、早速緑色のテープを巻いた小さな円い花環の藁台《わらだい》へ、白っぽい造花を差し始めたんです。そこで片山助役はギロリと室内を見廻しました。
――その仕事場の後には、成る程「貼菓子」らしい品物を並べた大きな硝子《ガラス》戸棚があって、その戸棚の向うには、奥座敷へ続くらしい障子|扉《ど》が少しばかり明け放してあるんですが、その隙間から、多分この店の娘らしい若い女が、随分妙な姿勢を執《と》っていると見えて、ヘンな高さの処から、こう顔だけ出して――もっともその女は、彼等がこの店へ這入って来た時から、もうそんな風に顔だけ覗かしていたんですが、こんなにも妙に心を魅《ひ》かれる顔を、助役は始めて見ました。髪は地味な束髪ですが、ポッテリした丸顔で、皮膚は蝋燭の様に白く透通《すきとお》り、鼻は低いが口元は小さく、その丸い両の眼玉は素絹《そぎぬ》を敷いた様に少しボーッとしてはいますが、これが又何と言いますか、恐ろしく甘い魅力に富んでいるんです。そして助役の一行を見ると、如何にもそれと判る無理なつくり笑いをしながら、とんきょうな声で、「いらっしゃいませ」と挨拶したんです。
――この事は後程《のちほど》になって、何度も何度も聞かされた事なんですが。とにかく片山助役は、その娘を始めてチラッと見た時に、もう一生忘れる事の出来ない様な何ンとも彼《か》とも言いようのないいやあな[#「いやあな」に傍点]印象を、眼のクリ玉のドン底へハッキリと焼きつけられたんです。そしてこの奇妙な娘と言い、恐ろしく面ッ構えの変った親爺《おやじ》と言い……ははあン、成る程この家《うち》には、何か深い秘密めいた事情があるんだな……とまあ、直感って奴ですな、それを感じたんです。――いや、どうも私は女の話になると、つい長くなっていけません。
さて、暫く黙ったままでそれとなく店中を眺め廻していた片山助役は、やがてその眼に喜びの色を湛えて、直ぐ彼等の横にあった水槽《みずおけ》の中の美しい色々の草花を指差しながら、盛んに花環を拵えている親爺へ、言いました。
「小父《おじ》さん。綺麗な花ですね。こんな綺麗な奴が、この寒空に出来るんですか?」
すると親爺は一寸顔を挙げて、
「出来ますとも。B町の農蚕学校の温室でね――。土曜日の晩方《ばんがた》に行けば、貴方《あなた》達にだって売ってくれますよ。……さあ、出来上りました。六十銭頂きます。ヘイ」
と、そこで助役はすまし込んで花環を受取ると、代金を払って、そのままぷいと表へ出てしまいました。吉岡も早速助役の後に続いたんですが、門口《かどぐち》を出しなにチラッと奥を見ると、あの感じの陰気なその癖妙に可愛らしい娘は、まだ相変らず顔だけ出して、表の方を覗いていました。
外へ出ると、助役達はもう十間程先を歩いています。で、吉岡は急いで追いつくと、その肩へ手を掛けながら、気色ばんで言いました。
「助役さん。あの親爺、とうとう毎土曜日の午後にB町へ行く事を白状したんですから、何故|序《ついで》に捕えちまわんです」
すると、
「吾々は検事じゃないんだからな」と助役が言いました。「――無暗《むやみ》に急《あせ》るなよ。それに第一捕えるにしても、吾々は、どれだけ確固とした証拠を持っていると言うんだ。――成る程あの親爺は、確かに先夜君に追われた犯人に、九分九厘違いない。がしかし、いま捕えるよりも、もう二、三日待って今度の土曜日の真夜中に、例の場所で有無を言わさず現行犯を捕えた方がハッキリしてるじゃないか。あの親爺はまだまだ豚を盗むよ。何か深い理《わけ》があるんだ。さあ、土曜日までもう一度静かな気持になって、その『最後の謎』を考えられるだけ考えてみよう」
で彼等は、素直に機関庫へ引挙げる事にしました。
そして片山助役は、翌日から彼の言明通り、あの陰気な十方舎の親娘《おやこ》の身辺に関して、近隣の住人やその他に依る熱心な聞き込み調査を始めたんです。
一日、二日とする内に――彼等は全く二人きりの寂しい親娘《おやこ》であって、生計《くらし》は豊かでなく近所の交際《つきあい》もよくない事。娘はトヨと言う名の我儘な駄々ッ児で、妙な事にはここ二、三年来少しも家より外へ出ず、年から年中日がな一《いち》ン日《ち》ああしてあの奥の間へ通ずる障子の隙間から、まるで何者かを期待するかの様に表の往還を眺め暮している事。そうした事から、どうやら彼女は、何か気味の悪い片輪者ではあるまいかとの事。そしてその父親と言うのが、これが又無類の子煩悩で何かにつけてもトヨやトヨやと可愛がり、歳柄《としがら》もなく娘が愚図り始めた時などは、さあもう傍《はた》で見る眼も気の毒な位にオドオドして、なだめたりすかしたりはては自分までポロポロと涙を流して「おおよしよし」とばかり娘の言いなり放題にしている
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