帰り着いた二人は、機関庫の事務室を根拠地にして、あの冒険で獲得した妙な手掛りに対する研究を始めたんです。
 最初の日は、助役は一日中落着いて室内で例の干菓子を相手にあれやこれやと考え廻していた様でしたが、二日目にはとうとう外出して調べ始めました。そして夕方に帰って来て仕出しの料理で晩飯を終えると、早速吉岡ともう一人の調査員を捕えて、こんな事を言ったんです。
「君達、明朝でいいから一寸B町まで行ってくれ給え。外《ほか》でもないんだが……ま、とにかく一応説明しよう」そう言って例の干菓子を二人の前に並べながら、「僕は今までかかって調べた結果、やっとこの煎餅の正体が判ったよ。この奇妙な子供の玩具の小さな風車みたいな、如何にも不味《まず》そうな煎餅は、普通に食用に供するものではなく、干菓子の中でも一番下等な焼物の一種で、所謂|飾《かざり》菓子と言う奴だ。そしてこの地方では、しかも一般にこの菓子を『貼《はり》菓子』と呼んで……ほら、見た事があるだろう?……葬儀用専門の飾菓子になってるんだ。ところで、この煎餅の表面の、後から糊で貼り着けたらしい小さな小豆を砕いた様な木の実だが、色々調べた結果、学名は日本産|大茴香《だいういきょう》、普通に莽草《しきみ》又はハナシバなぞと呼ばれる木蘭《もくらん》科の常緑小喬木の果実であってな。シキミン酸と呼ぶ有毒成分を持っているんだ。シキミン酸と言うのは、ピクロトキシン属の痙攣毒とか言う奴で、一寸専門的になるが、その生理化学的な反応は、延髄の痙攣中枢って奴を刺戟する事に依って、恰度|癲癇《てんかん》の様な痙攣を起し、その痙攣中に一時意識を失うのだ。時としてはそのまま死ぬ事もあるが、ま、猛毒ではないそうだ。日本内地でも中部以南の山野にいくらも自生しているものだよ。ところで、もうひとつこの莽草の樹の用途なんだがね……こいつが実に面白いんだ……と言うのは、昔から仏前用として墓地に植えたり、又地方に依っては、その枝葉を、棺桶の中へ死人と一緒に詰めたりする外、一般には、その葉を乾したり樹皮を砕いたりして、仏前や墓前で燻《た》く、あの抹香《まっこう》を製造する原料にされているんだ。判るかい。つまりこの煎餅と言い、莽草の実と言い、二つながら手掛《てがかり》としては非常に特殊な代物である事に注意し給え。ところで、話はあの豚公に戻るんだが、もしも僕があの場合の犯人であったなら、なにもこんな風変りな品物を使わなくたって、例えば、人参でもいい、ごくありふれた餌で豚公を連れ出し、さて線路上へ来て、縄で縛るなんて面倒な事はせず、玄翁《げんのう》か何かで一度に叩ッ殺し、そのまま線路上へ投げ出して置く――が、しかし、この場合の犯人は、既に僕等も見て来た様に、実に不自然な、むしろ芝居|染《じ》みた道具立をしている。ね。ここんとこだよ。こんな風変りな特殊な品物を、しかも毎々利用するのは、それらの品物が、犯人が何よりも簡単に入手出来る様な手近なところに、つまり犯人が、それらの品物を商売している事を意味するんだ。で、僕のお願いと言うのはB町及びB町附近に、あの葬儀用の『貼菓子』と、抹香の製造販売をしている葬具屋が、有るか無いか君達二人に調べて貰いたいんだ」
 とまあそんな訳で、翌朝二人はB町へ出掛けたんです。
 ところが、小さな田舎町の事ですから、巡査派出所、町役場等で問い合せた結果、間もなく片山助役の註文に符合する様な葬具屋の無い事が判りました。
 で、二人の部下は力を落してH駅へ引返すと、助役にその旨を報告しました。すると助役は、意外にも嬉しそうな調子で、こう言うんです。
「多分そうだろうと思っていたよ。いや、それでいいんだ。君達の留守中に、僕は機関庫へ行って、あの『葬式《とむらい》機関車』の『オサ泉《せん》』が、いつも花環を買う店は何処だと訊いて見たら、直ぐ機関庫の裏手附近の、H市の裏町にある十方舎《じっぽうしゃ》と呼ぶ葬具屋である事が判ったんだ。そしてしかもその店では、『貼菓子』は勿論、抹香の製造販売もしているらしい事が判ったんだ。これから直ぐに出掛けよう。そして直接当って調べた結果、十方舎と、B町の何か――との間に、一週に一度ずつ何等かの関係の有る事さえ判れば、もう事件は、最も合理的に一躍解決へ進む事になるんだ」
 と、そこで早速彼等は出掛けました。
 そして機関庫の裏を廻って、間もなく薄穢い二階建の葬具屋――十方舎へやって来ました。
 助役は先に立って這入ると、早速馴れた調子で小さな花環を一つ註文しました。
 成る程、その店の主人らしい、頸の太い、禿頭の先端《さき》の尖《と》ンがった、赭《あか》ら顔の五十男が、恐ろしく憂鬱な表情《かお》をしながら、盛んに木の葉を乾かした奴を薬研《やげん》でゴリゴリこなしていましたが、助役の註文を受ける
前へ 次へ
全11ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
大阪 圭吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング