の云うところによると……この女将は、商売柄いつも正午《ひる》近くに起床《おき》ると、それから浅草の観音様へお詣りする習慣だったんですが、恰度その事件のあった日も例によって観音様のお詣りを済ますと、帰り途でふと横網町の震災記念堂をお詣りする気になり、それに時間を見ればまだ三時を少し過ぎたばかりで遅くないからと思い、蔵前で電車を降りたんですが、その折《おり》白いペンキ塗りの手車を曳いた被告を確かに見たと云うんです。なぜそんなことをよく覚えていたかと云うと、それはその白い車を曳いた被告人を見たお蔭で、その時まで忘れていた大事な着物の洗張りを思いついたからだというんです。そして事件の新聞記事を読んで、あの日の三時から三時二十分頃までの間に坂本家へ這入った犯人が写真に出ている洗濯屋だと聞かされた時から、どうもおかしいとは思ったが、さりとてそんなことを申出るのはなんだか掛合《かかりあい》になるような気がして、悪いとは思いながらいままで迷っていた、とこう云うんです。こいつア全く筋が通ってますよ。弁護士は俄《にわか》に元気づいて、日本橋の北島町から浅草の蔵前まで、車を引ッ張って五分や十分じゃア絶対に行
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