将がそんなに何度も証人をした女だなんてことは、つい気づかずにいたんです。ところが、菱沼弁護士は、さアもう不審でたまりません。……けれどもこれとても偶然――と云ってしまえば、それまでですし、検事側でも一旦証人を採用するからには、むろん相当な吟味もした上でのことですから、うっかりこちらで早まった騒ぎかたをして、挙げた足をとられるようなことになってもやり切れない、と菱沼さんは考えたんです。で、幸いその日の公判は、それでひとまず閉廷になりましたし、判決までにはまだまだかなり間がありそうに思えたので、この上は、次回の公判までに、ひょっとすると「つぼ半」の女将は、ありもしない偽《いつわ》りの証言をしてるのかも知れないから、是が非でも徹底的に調べ上げて、あわよくば裁判を逆の結果に導こうと、ま、そう云う悲壮な決心をされたんですよ。
 いや、まったく、それからの菱沼さんの真剣ぶりと来たら、ハタで見る目も恐ろしいくらいでしたよ……むろん他にもいくつかの事件に関係している忙しい体ですから、毎日役所へは出て来られましたが、それでも流石《さすが》に、ひどく鬱《ふさ》ぎ込んでる日が多かったですよ。
 なんでも、あ
前へ 次へ
全31ページ中17ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
大阪 圭吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング