ーソクみたいにもたれかかって来るような囚人でも、いまではなンの感興も覚えずに、まるで材木でも運ぶような塩梅《あんばい》に、市ヶ谷行きの囚人自動車《くるま》に積み込む――とまア、そんな工合になっちまってるんです……こうなるとなんですな、むしろ盗《と》ったの殺したのとやに[#「やに」に傍点]ヤボ臭い刑事事件なんぞよりも、いっそ民事の、なにか離婚|談《ばなし》かなんかのほうが、こうしんみりして、面白い位いですよ……
 いや――ところが、これからお話ししようと云うのは、決してそんなんじゃアないんで、……むろん刑事事件なんですがね……それがその、なンて云いますか、ひどく一風変ったやつでしてね、さすがにメンエキの、不感症のこの私でさえも、いまだに忘れかねると云うくらいの、トテツもない事件《やつ》なんですよ……
 いちばん最初の事件は……なんでも、芝神明《しばしんめい》の生姜市《しょうがいち》の頃でしたから、九月の彼岸《ひがん》前でしたかな……刑事部の二号法廷で、ちょっとした窃盗事件の公判がはじまったんです。
 ……被告人は、神田のある洗濯屋に使われている、若い配達夫でして、名前は、山田……なんとか
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