んですよ……
いや、まったく、妙な女です……よくよく裁判所に、縁があると見えますよ……
ここんとこでちょっとお断りしときますがね……いまも申上げた通り、前のあの洗濯屋の窃盗事件の時とは、今度は法廷も違うし、係りの裁判官も違うと云うわけで、洗濯屋事件の証人が、放火事件にも証人となって出頭したと云うようなことは、誰も、その時はつい気づかずにいたわけなんでして……それで、その時のことなぞも、ずっとあとになって聞かされた、と云うわけなんですがね……もっとも、その時に知ってたとしても、なにも二度証人になったからって、その人をどうこうしようってんではないんですが……いやそれでなくたって、だいたい裁判所なんてとこは忙しいとこでして……こんな風に二つの事件をひょこんと抜き出してお話しすると、ひどく際立ってみえるんですが、実際は、どうしてなかなか、こんなくらいの事件はその間にゃゲッと云うほどあるんですから、証人がどうのこうのって、いちいち覚えていられるもんじゃアありませんよ……それ、その、例の不感症の問題ですよ……
ところで……その、放火事件に呼出された「つぼ半」の女将なんですが、その日、この別嬪は、なんでも縫紋《ぬいもん》の羽織なんか着込んで、髪をこう丸髷《まるまげ》なんかに結んで、ちょっと老化《ふけ》づくりだったそうですが、これがその、例によって型通り、うそは申しませぬとの宣誓を済まして証言にはいったんですがそのおきぬさんの証言と云うのは……
放火事件のあった晩に、問題の映画館へ一番先に切符を買ってはいったのは、つまり入場者の行列の先頭にいたのは、被告人ではなしに、この私だって云うんです。なんでも、商売柄しまいまで見ているわけに行かないから、早く帰って来るつもりで早く出掛けたのだそうです……そして同席の被告を見て、あの時私のあと先には、こんな人はいませんでしたとハッキリ申立てたんです……なにも私は好きこのんで人さまを罪に落すようなことはしたくないが、確かに間違ってることを知ってて隠してはいられないから、とも云ったそうですよ……いや、むろん被告は、むきになって怒ったそうですが、けれども、その証言をひッくり返すだけの、つまり逆の証拠がまるでないんですから、こいつアどうもてんで[#「てんで」に傍点]見込みがありません……それに、調べてみれば証人も被告も、まるッきりアカの他人で、
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