ソのぼる、このわが囁に聞き給へ、而して御諭を授け給へ。わが臣下等はフランドル、独逸の国々より、馬耳塞、ジエノアの市々に亘つて、不思議の報知を送つて来る。今までに無い異端の宗派が生じた。処々の市々は黙したる裸形の女人等が走り歩るくを見た。この恥知らぬ唖の女等はたゞ天に指すばかり、又数多の狂人は朝《いち》に立つて、世の破滅を説く由。修道の隠者、流浪の学生たちは、いろいろの噂をしあふ。而していかなる心の狂惑にや七千有余の小児等は、それとなく心ひかれて家を棄て出た。御十字架《みくるす》と杖とをもつて、旅に出でた者が七千人もある。何の武器も有つてゐ無い。頼るべ無き幾千人の小児等よ、われらの恥辱よ。彼等は真の教を弁へてゐない。わが臣下どもが尋ね問ふと、一斉に答へて、聖地の恢復の為、イエルサレムへ行くといふ。さりとて海は越されまいと訊けば、否、海は波をわけて干上り、通路を開くに相違無いと答へる。信心深い世間の親たちが、彼等を引留めても夜の間に閂を破り、垣を越えて了ふ。小児等の多くは貴人の落胤である。不憫極まる者どもかな。主《しゆ》よ、是等の嬰児は皆破船の憂目を見て、追つてモハメットの宗門に渡される。
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