これ
[#天から3字下げ]しらくもにはね打かはし飛ぶかりのかずさへ見ゆる秋の夜の月
あな面白の景色やなど眺めくらす。夜もいたうふけぬ。人定り、あたり静かになり行くにつけ、流の声か、砧のおとか、かすかに聞ゆ。兎角するうち、風さつと吹き来り、今まで知らざりしが、何時か空いとくろうなりぬ。月うせ、星きえ、いと凄じ。忽ちにして、ひぢかさ雨急にふりきぬ。前のさゝ原に玉霰ちり、幾千の軍馬押よすと見えたり。驚きて家に入り、あわたゞしう戸ざしす。雨いよ/\はげしく、雨戸を打ち凄じ。風さへましたるにや後なる丘の木立に落葉しげし。秋の習なればさまで驚くにあれねど、夜すがら、いもねられず、暁近くなりてしばし目どろみぬ。目覚めて窓の戸、おしあけ庭の面見やれば、色つきそめし叢、咲乱れし千草不残にも野分にふき乱され「つらぬき留めぬ玉ぞちりける」。
冬の月こそいとものすごきものなれ。老女の化粧したると比喩ふれど実にと覚ゆるなり。しはすの中の七日あたりの程こそ心ある人は見るべけれ。少しくもや四方にこもれど月かげ冴けく研ぎすましたる鎌の如し。枯枝の間にかゝれる比、はるか、へだたりて、氷はりたる地づらを、高履はきて
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