、おとたて歩む聞ゆるいとものかなし。冬の月は人の多くめでざるものなり。ぬのこきて、月見んも如何なるを以てか、年のすゑとて人々物せはしう、うちのゝしりて行くを聞くにつけ、おのれもかく気ながきことす可からずと、戸ざし埋火かきおこしつ、文ども読む、折から向ひの寺の鐘今よひもいねよかしと告げ渡る。身に染みてかなし。嗚呼年の名残かなし。
前にかゝげるは四時の月なれど、時と場所に依りて景色かはるものなり。予の知れるうちにては海上の月をかしと思ふなり。おのれ、数年前駿河なる清水港にともづなときて横浜さしての海上此景色を望むをえたり。をりしも満月の比にて三保の松原のきは行くとき海上光りわたりて金波きら/\として舷を打つ、忽ちにして玉兎躍り出でぬ。をりよく雲なく気すみし夜なりしかば対岸の松影歴々として数ふべく、大波小波、磯をうち、うちてはかへすさま夜目にもしるし。船次第に沖に出づるからに陸やう/\遠ざかり、はては青き丸天井のみとなりぬ。甲板に出で、のけざまに椅子に臥して天象を仰ぎ、又と得がたき景色に気を奪はれたり。夜の寒にあたりては悪かりなんと云ふ母の言に降りて船室に臥しぬ。二時ばかり程経て突然と汽笛
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