でも》る城築《しろつき》あげて、
その邑《まち》を固くもらむ」と、エノクいふ。
鍛冶《かぢ》の祖《おや》トバルカインは、いそしみて、
宏大の無辺都城《むへんとじよう》を営むに、
同胞《はらから》は、セツの児等《こら》、エノスの児等を、
野辺かけて狩暮《かりくら》しつゝ、ある時は
旅人《たびびと》の眼《まなこ》をくりて、夕されば
星天《せいてん》に征矢《そや》を放ちぬ。これよりぞ、
花崗石《みかげいし》、帳《とばり》に代り、くろがねを
石にくみ、城《き》の形、冥府《みようふ》に似たる
塔影は野を暗うして、その壁ぞ
山のごと厚くなりける。工成りて
戸を固め、壁建《かべたて》終り、大城戸《おほきど》に
刻める文字を眺むれば「このうちに
神はゆめ入る可からず」と、ゑりにたり。
さて親は石殿《せきでん》に住はせたれど、
憂愁のやつれ姿ぞいぢらしき。
「おほぢ君、眼は消えしや」と、チラの問へば、
「否、そこに今もなほ在り」と、カインいふ。
「墳塋《おくつき》に寂しく眠る人のごと、
地の下にわれは住はむ。何物も
われを見じ、吾《われ》も亦《また》何をも見じ」と。
さてこゝに坑《あな》を穿《うが》てば
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