なく、
水や天《そら》なるゆらゆらは、うつし心の姿にて、
底ひも知らぬ深海《ふかうみ》の潮の苦味《にがみ》も世といづれ。
さればぞ人は身を映《うつ》す鏡の胸に飛び入《い》りて、
眼《まなこ》に抱き腕にいだき、またある時は村肝《むらぎも》の
心もともに、はためきて、潮騒《しほざゐ》高く湧くならむ、
寄せてはかへす波の音《おと》の、物狂ほしき歎息《なげかひ》に。
海も爾《いまし》もひとしなみ、不思議をつゝむ陰なりや。
人よ、爾《いまし》が心中《しんちゆう》の深淵|探《さぐ》りしものやある。
海よ、爾《いまし》が水底《みなぞこ》の富を数へしものやある。
かくも妬《ねた》げに秘事《ひめごと》のさはにもあるか、海と人。
かくて劫初《ごうしよ》の昔より、かくて無数の歳月を、
慈悲悔恨の弛《ゆるみ》無く、修羅《しゆら》の戦酣《たたかひたけなは》に、
げにも非命と殺戮《さつりく》と、なじかは、さまで好《この》もしき、
噫《ああ》、永遠のすまうどよ、噫、怨念《おんねん》のはらからよ。
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梟《ふくろふ》 シャルル・ボドレエル
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