でも》る城築《しろつき》あげて、
その邑《まち》を固くもらむ」と、エノクいふ。
鍛冶《かぢ》の祖《おや》トバルカインは、いそしみて、
宏大の無辺都城《むへんとじよう》を営むに、
同胞《はらから》は、セツの児等《こら》、エノスの児等を、
野辺かけて狩暮《かりくら》しつゝ、ある時は
旅人《たびびと》の眼《まなこ》をくりて、夕されば
星天《せいてん》に征矢《そや》を放ちぬ。これよりぞ、
花崗石《みかげいし》、帳《とばり》に代り、くろがねを
石にくみ、城《き》の形、冥府《みようふ》に似たる
塔影は野を暗うして、その壁ぞ
山のごと厚くなりける。工成りて
戸を固め、壁建《かべたて》終り、大城戸《おほきど》に
刻める文字を眺むれば「このうちに
神はゆめ入る可からず」と、ゑりにたり。
さて親は石殿《せきでん》に住はせたれど、
憂愁のやつれ姿ぞいぢらしき。
「おほぢ君、眼は消えしや」と、チラの問へば、
「否、そこに今もなほ在り」と、カインいふ。
「墳塋《おくつき》に寂しく眠る人のごと、
地の下にわれは住はむ。何物も
われを見じ、吾《われ》も亦《また》何をも見じ」と。
さてこゝに坑《あな》を穿《うが》てば「よし」といひて、
たゞひとり闇穴道《あんけつどう》におりたちて、
物陰の座にうちかくる、ひたおもて、
地下《ちげ》の戸を、はたと閉づれば、こはいかに、
天眼《てんがん》なほも奥津城《おくつき》にカインを眺む。
[#ここで字下げ終わり]

ユウゴオの趣味は典雅ならず、性情奔放にして狂※[#「風にょう+炎」、第4水準2−92−35]《きようひよう》激浪の如くなれど、温藉静冽《おんしやせいれつ》の気|自《おのづ》からその詩を貫きたり。対聯《たいれん》比照に富み、光彩陸離たる形容の文辞を畳用して、燦爛《さんらん》たる一家の詩風を作りぬ。[#地から1字上げ]訳者
[#改ページ]

   礼拝      フランソア・コペエ

[#ここから1字下げ]
さても千八百九年、サラゴサの戦、
われ時に軍曹なりき。此日|惨憺《さんたん》を極む。
街既に落ちて、家を囲むに、
閉ぢたる戸毎に不順の色見え、
鉄火、窓より降りしきれば、
「憎《に》つくき僧徒の振舞」と
かたみに低く罵《ののし》りつ。
明方《あけがた》よりの合戦に
眼は硝煙に血走りて、
舌には苦《に》がき紙筒《はやごう》を
噛み切る口の黒くとも、
奮闘の気はいや益《ま》しに、
勢猛《いきほひもう》に追ひ迫り、
黒衣長袍《こくいちようほう》ふち広き帽を狙撃《そげき》す。
狭き小路《こうじ》の行進に
とざま、かうざま顧みがち、
われ軍曹の任《にん》にしあれば、
精兵従へ推しゆく折りしも、
忽然《こつねん》として中天《なかぞら》赤く、
鉱炉《こうろ》の紅舌《こうぜつ》さながらに、
虐殺せらるゝ婦女の声、
遙かには轟々《ごうごう》の音《おと》とよもして、
歩毎に伏屍累々《ふくしるいるい》たり。
屈《こごん》でくゞる軒下を
出でくる時は銃剣の
鮮血|淋漓《りんり》たる兵が、
血紅《ちべに》に染みし指をもて、
壁に十字を書置くは、
敵|潜《ひそ》めるを示すなり。
鼓うたせず、足重く、
将校たちは色曇り、
さすが、手練《てだれ》の旧兵《ふるつはもの》も、
落居ぬけはひに、寄添ひて、
新兵もどきの胸さわぎ。

忽ち、とある曲角《きよくかく》に、
援兵と呼ぶ仏語の一声、
それ、戦友の危急ぞと、
駆けつけ見れば、きたなしや、
日常《ひごろ》は猛《た》けき勇士等も、
精舎《しようじや》の段の前面に
たゞ僧兵の二十人、
円頂《えんちよう》の黒鬼《こくき》に、くひとめらる。
真白の十字胸につけ、
靴無き足の凜々《りり》しさよ、
血染の腕《かひな》巻きあげて、
大十字架にて、うちかゝる。
惨絶、壮絶。それと一斉射撃にて、
やがては掃蕩《そうとう》したりしが、
冷然として、残忍に、軍は倦《う》みたり。
皆心中に疾《やま》しくて、
とかくに殺戮《さつりく》したれども、
醜行|已《すで》に為し了《を》はり、
密雲漸く散ずれば、
積みかさなれる屍《かばね》より
階《きざはし》かけて、紅《べに》流れ、
そのうしろ楼門|聳《そび》ゆ、巍然《ぎぜん》として鬱たり。

燈明《とうみよう》くらがりに金色《こんじき》の星ときらめき、
香炉かぐはしく、静寂《せいじやく》の香《か》を放ちぬ。
殿上、奥深く、神壇に対《むか》ひ、
歌楼《かろう》のうち、やさけびの音《おと》しらぬ顔、
蕭《しめ》やかに勤行《ごんぎよう》営む白髪長身の僧。
噫《ああ》けふもなほ俤《おもかげ》にして浮びこそすれ。
モオル廻廊の古院、
黒衣僧兵のかばね、
天日、石だたみを照らして、
紅流に烟《けぶり》たち、
朧々《ろうろう》たる低き戸の框《かまち》に、
立つや老僧。
神壇|龕《づし》のやう
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