ゐた。其頃お貞さんは結婚した。結婚がお貞さんを心理的に今までのやうな客觀描寫では滿足させぬものをもたらせた。それから思ひもかけぬ病床につきそれまで健康すぎる程健康者であつた強氣のお貞さんを精神的にかへてきた。およそ「神」について笑つて居られた固い心の態度が自然に神を呼び神にすがるといふやはらか味をも解し得るやうになつて行つた。「嘘をつく日」「道」「一樹のかげ」「神樂阪の半襟」などおどろくほど、自然主義作家時代のお貞さんとして考へてもみられないやうな作がつづいた。それは皆お貞さんの眞實の藝術であつた。自分はそれを信じ且つ深く頷く、うなづきつつどこか不滿なものがある。其言ふところがまだ充分に板についてゐない何かぴつたりとしないものを感じるのである。たとへば歌舞伎役者が新派の芝居に出たやうな、わざとらしさを感ずるのは一體どうした譯であらうか、其頃は私も病人でいろいろの事情からお貞さんとも遠くなつてゐた頃で、此事については何んとも言はれぬのであるが、私は惜しんでゐた。無理をしては駄目よ、といふ友人として言ひたい事もあつたけれども私は自分の病氣にかまけて手紙も出せずに日がすぎて行つた。そしてお貞さんの訃を聞いて間もなく文章世界に掲載された「醉ひたる商人」の一篇をよんで私は大へんに安心し又喜び、お貞さんに言ひかけたくなつてゐた。然しお貞さんは其時はもう世を去つて幽明世界をへだてる人となつてゐたのである。それにしても此最後の作はお貞さんの本來の面目にかへり、徹頭徹尾のお貞さんの作であり、且つ自ら前期の作に不足してゐた情緒を加へ、味深くこなれた、そして進歩のあとのいちじるしく見える進んだ作であつた。有島さんが「第三に至つて作者は再び嚴密に自己に立還つて來た。」といはれたのは、或は此點ではないかと直覺されるものがある。「醉つた商人」が自分の恩になつた本家の主人の死の床に參じた思ひ出を、泣きつつ其家に行つて諄く語るところにうまさがあり、しんみりした味が出てゐる。説明をしないで、哲學をほのめかさないで、自然にしんみりした味を出してゐる。實に氣持よい進歩のあとを最後の作に示して世を去つたお貞さんの爲に、私はかぎりなく讃辭を送りたい。
底本:「明治文學全集82 明治女流文學集(二)」筑摩書房
1965(昭和40)年12月10日発行
底本の親本:「日本女流文學評論 中世・近世篇」明
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