定するとき、過去における彼の仕事のごときは決して彼の本領だとは思われない。もしもいささかでも作品に人間が現われるものならば、彼の作品はもう少し重厚でなければならない。稚拙でなければならない。素朴でなければならない。もう少し肉太でなければならない。もう少し大味でなければならない。また彼の京都弁のごとく、大市のすつぽん料理のごとく、彼自身の顎のごとく、こつてりとした味がなくてはならない。そして彼が出し切れなかつたこれらすべてのものは、もしも天が彼に借すに相当の歳月をもつてしたならば彼は必ず作品のうえにこれをみごとに盛り上げてみせたに違いない。
しかしそれならば過去において彼が描いてみせたようなあまりにも才気に満ちた傾向の作品というものはいつたい彼のどこから出てきたのか、いうまでもなくそれは彼の胎内から生れ出たものには違いない。一見たんなるお人よしのようにも見える彼の一面に非常に鋭いものが蔵されていたり、そのまま仏性を具現しているような彼の顔に、どうかした拍子に煮ても焼いても食えないようなずぶとい表情が現われたり、あるいはまたチラとこす辛い色が彼の眼を横切つたりすることがあつたのと同じよう
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