戦争中止を望む
伊丹万作

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)覗《うかが》う

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)ボルネオ[#「ボルネオ」に傍点]
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 現在の日本は政治、軍事、生産ともに行き当りばったりであり、万事が無為無策の一語に尽きる。
 我々国民は、政府が勝利に対する強力なる意志と、周到なる計画性とその実行力とを示してくれるならばいかなる困苦にも堪え得るものであるが、現実においてあらゆる事態がその無計画無能力を暴露しているにもかかわらずただ口頭のみにおいて空疎な強がりを宣伝し、不敗を呼号して国民を盲目的に引きずって行こうとする現状にはもはや愛想が尽きている。
 政府は二言目には国民の戦意をうんぬんするが、いままでのごとく敗けつづけ、しかもさらに将来に何の希望をも繋ぎ得ない戦局を見せつけられ、加うるに低劣無慙なる茶番政治を見せつけられ、なおそのうえに腐敗の極ほとんど崩壊の前夜ともいうべき官庁行政を見せつけられ、なおかつ戦意を失わないものがあればそれは馬鹿か気違いである。我々はもはや日本の能力の底まで知ることができた。もうたくさんである。こんな見込みの立たない愚劣な戦争は一日も早くやめてもらいたい。我々の忠勇の血をこれ以上無意味に浪費することをやめてもらいたい。我々の血は皇国の繁栄のためにのみ流さるべきである。現在のままでは国民の血が流れれば流れるほど国は滅亡に近づいて行くではないか。そしてもはや流すべき一滴の血もなくなったとき、光栄ある日本は地球上から消えてなくなるだろう。
 何のためか。すべての国民を失い、日本を滅して何を得んとするのか。名誉? 国が滅びてのち、名誉という語に何の意味があるか。彼らは必ず勝つという。しかしどこにその根拠がある。冷静に客観的に事態を注視せよ。我らには勝利に縁のある材料は何一つありはしない。理由もなく勝利を呼号するは単なるうぬぼれにすぎない。ありは魯鈍に過ぎない。
 すべてを犠牲にして日本本土の存続をはかる時期は今をおいてはない。日は一日と状態を悪化せしめる。今ならばまだ外交工作の余地がある。明日になればそれももうどうなるかわからない。今ならば我方に多少の好条件を確保する可能性がある。外交の手腕によってはボルネオ[#「ボルネオ」に傍点]くらいは残し得るかもしれない。しかし今
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