たりして、その収容力はまことに微々たるものである。
 それにこれらの各会社でも同業者に対する遠慮から、そういう種類の人たちはなるべく雇い入れない方針をとっているし、万一雇うにしても、うんとたたいて安く雇い得る立場にあるのである。なぜならば「おれたちのほうで雇わなかったら君はもう行く所はないじゃないか」という腹があるから話はともすれば一方的になりやすい。
 してみると四社連盟による利益を蒙るものは必ずしも協定加入の各会社ばかりではなく、その余沢は不加入会社にまで及んでいることがわかる。右のような次第で、結局被登録者には退社の自由はほとんど皆無といってもさしつかえない状態になっている。
 しかも右の協定は雇傭に関する相互契約の有無にかかわらず適用される。つまり始めからまったく契約のないものでも、あるいは契約満期後のものでも会社が契約の続行を希望した場合にはみな一様に適用されるのである。
 一例をあげると私たちは同志相寄って連合映画社なるものを創立し、業いまだ緒につかざるに先だって一敗地にまみれてしまったが、このメンバーの中にはだれ一人として会社との契約に触れる行動をとったものはない。そればかりか、退社後もひっかかりの仕事には全部出勤して、ことごとく従業員としての責任と、社会人としての徳義を全うしたものばかりである。
 それにもかかわらず新興キネマは、杉山、毛利、久松の三名を挙げ、右は会社に迷惑をかけた不埓ものであるから、絶対に雇用するなかれという意味の通告を各社に向って送付している。この無根の報道によって前記三名がその将来においてこうむる社会的不利益はおそらく我々の想像を絶するものであろう。
 なおこの協定には以上のほか種々なる細目があるらしいが、秘密協定であるから我々には精密なところまではわからない。しかし肝腎の点はあくまでも前述のごとく、従業員から転社の自由を奪い取った点にある。そしてそれは同時に従業員の報酬に対する無言の示威運動でもある。
 そもそも映画会社が引抜き防止策としての協定を結んだ例は従来とても再三にとどまらなかったのであるが、いまだかつて現存の四社連盟のごとくに実際的効力を発揮した例はない。
 なぜ今回に限ってかかる実例を作り得たかといえば、それは一には各社とも長年にわたる監督・俳優争奪戦に疲労し倦み果てた結果である。元来引抜きという語の持つ概念から考えてもわかるように、この語の原形、すなわち引き抜くという他動詞の主格はいつの場合にも会社であり、俳優や監督は目的にしかすぎない。
 引き抜くのは必ず会社が引き抜くのであって、いまだかつて俳優が会社を引き抜いたためしなどはどこの世界にもありはしないのである。
 したがって、この問題に関するかぎり、よいもわるいもことごとく引き抜く側の会社の責任であって決して引き抜かれるほうの責任ではない。早い話が、法律はよその畠の大根を引き抜いた人間を処罰するが、決して引き抜かれた大根を罰しない。
 もっともこの例は少々じょうだんめいて聞えるかもしれない。なぜならば大根は自分の意志を持たないけれども俳優や監督は自分の意志を持っているから。しかし俳優や監督がどれほど引き抜かれることを熱望していても会社側が手をくださなかったら引抜きという作業は絶対に完成しないものであることを記憶してもらいたい。
 反対にたとえ監督や俳優が転社を希望していない場合でも引き抜くほうの側は金力その他の好条件をもって誘うことによって多くの場合その目的を達することができるのである。
 要するに事引抜きに関するかぎり、会社側がいかに抗弁しても、アクティヴの立場にあるものは常に会社側であり、俳優監督はどこまでもパッシヴであるという事実はあまりに明白過ぎていまさら議論の余地はない。
 したがって引抜きがもしも不徳義であるならば、その罪の少なくとも大部分はアクティヴな立場にある会社側が負うべきであって、決して監督俳優の責任ではない。
 ここの理窟が十分にわからないものだから映画ジャーナリストたちはいたずらに会社のプロパガンダにあやつられてともすれば引き抜かれた監督俳優を不徳義、無節操呼ばわりをする。そのくせ引き抜いた主人公である会社側に対しては一言も触れない場合が多いのは我々の常に了解に苦しむところである。
 さて、こうはいうものの私は決して引抜きが悪いものだとは思っていない。そればかりか、むしろこれはなくてはいけないくらいに考えているのである。
 なぜならば、私には映画産業の最も健康な発展形式は自由競争をほかにしては考えられないからである。
 そしてこの一条は私にとって金科玉条であり、いやしくも映画産業に関する私の考え方はことごとく右の定理の上に築かれ発展しているものと認めてもらって何らさしつかえはない。
 したがってこ
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