いうことである。
すなわち女優諸君が真に美貌に執するならば、そしておのれの持つ最も蠱惑《こわく》的な美を発揮したいならば、むしろすすんで眉を落し歯を染めるべきであるということを私は提言したいのである。
○女優は貝のように堅く口をつぐむ。そのわけはもちろん彼女たちが人間の顔をいかなる場合にも口を結んでいるほうが美しいように勘違いしているからだ。
(口を開かなければならないときに無理に閉じているのは必要のないときに口をあけているのと同じようにばかげたものだが――。)
そこで我々は絶えず彼女たちの唇をこじあけるために、一本の鉄梃《かなてこ》を用意してセットへ向かうわけである。そうでもしないと彼女たちは堅く口を結んだままで驚愕の表情までやってのけようとするからだ。
○演技にある程度以上動きのある場合には、演出者は必ず一度俳優の位置に自分の身を置いて、実地に動いて見るがよい。それは人に見せるためではない。そのおもなる目的は俳優に無理な注文を押しつけることを避けるためである。演技のような微妙な仕事を指導するためには、終始おのれを客観的な位置にばかり据えていたのではいかに熱心に看視していても
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