情を表現し得るものであるが、多くの俳優は演技の必要に応じてある程度まで自分の感情を本当に動かしてかかっているのである。したがって前者の演技は持続的な麻痺の上に立っているがゆえにもはや麻痺の心配はないが後者は麻痺によって感激が失せると演技が著しく生彩を欠いてしまう。
 ことに演技中に落涙を要求する場合などは、いかなる俳優といえども麻痺性の支配を受けないものはないのであるからテストは最小限度にとどめ、でき得るならばまったくテストを省略するように工夫すべきである。

○演出者は演技指導中はできるだけ俳優の神経を傷つけないように努めなければならぬ。そのためには文字どおりはれものにさわるような繊細な心づかいを要する。なかんずく俳優が自信を喪失する誘因になるような言動は絶対に慎しまなければならない。
 演技指導とは俳優を侮辱することだと思っているらしい演出者がいるのは驚くべきことだ。

○演出者は俳優がテストに際してどんなに拙い演技を示しても、決してそれによる驚きや失望を色に現わしてはいけない。彼の示した演技と、自分の望む演技との間にたとえ非常な距離があるにしても、いきなりその距離の大きさを俳優に
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