くれ」と要求せられた。当時私は対米戦争計画の必要を唱えていたからであろう。それで筆を執った「軍事上より見たる皇国の国策並国防計画要綱」なる私見には、
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一、皇国とアングロサクソンとの決勝戦は世界文明統一のため、人類最後最大の戦争にしてその時期は必ずしも遠き将来にあらず。
二、右戦争の準備として目下の国策は先ず東亜連盟を完成するに在り。
三、東亜連盟の範囲は軍事経済両方面よりの研究に依り決定するを要す。人口問題等の解決はこれを南洋特に濠州に求むるを要するも、現今の急務は先ず東亜連盟の核心たる日満支三国協同の実を挙ぐるに在り。
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と言うている。この文は印刷せられ次長以下各部長等に呈上せられた筈である。恐らく上官が東亜連盟の文字を見られた最初であろう。
 協和会の公式声明を知らなかった私はその後の満州国、北支の状況上、東亜連盟を公然強調する勇気を失っていたが、昭和十三年夏病気のため辞表を提出した際、上官から辞表は大臣に取次ぐから休暇をとって帰国するよう命ぜられたので軽率な私は予備役編入と信じ、九月一日大洗海岸で暴風雨を聴きなが
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