いのである。
 しかしそれは決して理想的状態でない。理解の進むに従い適切に敏活なる協同に要する統制機関を設置すべきである。
「最終戦論」には「天皇が東亜諸民族から盟主と仰がるる日、即ち東亜連盟が真に完成した日であります」と述べている。その頃になれば連盟の統制機関も相当に準備せられているであろう。元来東亜連盟の完成した日は、即ち連邦となる日と言うべきである。あるいは物判りの良い東亜諸民族が、真に王道に依って結ばれ、王道の道統的血統的護持者であらせらるる天皇に対し奉る信仰に到達したならば、連邦等は飛越えて大国家に一挙飛躍するのではないだろうか。そんな風になれば今日までの科学文明の立ち遅れ等は容易に償い得るであろう。
 満州建国間もなく、民族協和徹底のためには東亜新秩序成立の必要が痛感せられ、東亜連邦、東亜連盟が唱道せられたが、日満間は兎に角、日華間には連邦への飛躍は到底期待し難いので東亜連盟論が自然に採用せられ、昭和八年三月九日協和会の声明となった。私は昭和七年八月満州国を去りこの協和会の声明は知らないでいたが、昭和八年六月某参謀本部部員から「石原は海軍論者なりという上官多し、意見を書いて
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