を中心とする総合的圧力に対する武力と経済力の建設を国防の目標とする如く書き改めた。
「若し百万の軍を動かさざるべからずとせば日本は破産の外なく……」というような古い考えは、自由主義の清算とともに一掃されねばならないことは言うまでもない。
 昭和十年八月、私は参謀本部課長を拝命した。三宅坂の勤務は私には初めてのことであり、いろいろ予想外の事に驚かされることが多かった。満州事変から僅かに四年、満州事変当初の東亜に於ける日・ソの戦争力は大体平衡がとれていたのに、昭和十一年には既に日本の在満兵力はソ連の数分の一に過ぎず、殊に空軍や戦車では比較にならないことが世界の常識となりつつあった。
 日本の対ソ兵備は次の二点については何人も異存のないことである。
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1 ソ連の東亜に使用し得る兵力に対応する兵備。
2 ソ連の東亜兵備と同等の兵力を大陸に位置せしめる。
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 私はこの簡単明瞭な見地から在満兵備の大増加を要望した。しかしそのときの考えは余りに消極的であったことが今となれば恥ずかしい極みである。小胆ものだから自然に日本の現状即ち政治的
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