「戦争は他の手段をもってする政治の継続に外ならぬ」、しかし戦争の目的達成のため政治、統帥の関係は一にその戦争の性質に依るものである。
政治と統帥は通常利害相反する場合が多い。その協調即ち戦争指導の適否が戦争の運命に絶大なる関係を有する。国家の主権者が将帥であり政戦略を完全に一身に抱いているのが理想である。軍事の専門化に伴い近世はかくの如き状態が至難となり、フリードリヒ大王、ナポレオン以来はほとんどこれを見る事が出来なかった。最近に於てはケマル・パシャとか蒋介石、フランコ将軍等は大体それであり、また第二次欧州大戦に於てはヒットラーがそれであるが如くドイツ側から放送されているが、それは将来戦史的に充分検討を要する。
政戦両略を一人格に於て占めていない場合は統帥権の問題が起って来る。
民主主義国家に於てはもちろん統帥は常に政治の支配下にある。決して最善の方式ではないが止むを得ない。ローマ共和国時代は、戦争の場合独裁者を臨時任命してこの不利を補わんとした事はなかなか興味ある事である。
ドイツ、ロシヤ等の君主国に於ては政府の外に統帥府を設け、いわゆる統帥権の独立となっていた時が多かった。
この二つの方式は各々利害があるが大体に於て決戦戦争に於ては統帥権の独立が有利であり、持久戦争に於てはその不利が多く現われる。これは統帥が戦争の手段の内に於て占むる地位の関係より生ずる自然の結果である。
これを第一次欧州大戦に見るに、戦争初期決戦戦争的色彩の盛んであった時期には、統帥権の独立していたドイツは連合国に比し誠に鮮やかな戦争指導が行なわれ、あのまま戦争の決が着いたならば統帥権独立は最上の方式と称せられたであろうが、持久戦争に陥った後は統帥と政治の関係常に円満を欠き(カイゼルは政治は支配していたけれども統帥は制御する事が出来なかった)。これに反し、クレマンソー、ロイド・ジョージに依り支配せられその信任の下にフォッシュが統帥を専任せしめられた大戦末期の連合国側の方式が遂に勝を得、かくて大戦後ドイツ軍事界に於ても統帥権の独立を否定する論者が次第に勢いを得たのである。
ドイツの統帥権の独立はこの事情を最もよく示している。
フリードリヒ大王以後統帥事項は当時に於ける参謀総長に当る者より直接侍従武官を経て上奏していたのであるが、軍務二途に出づる弊害を除去するため陸軍大臣が総ての軍事を統一する事となっていた。大モルトケが参謀総長就任の時(一八五七年心得、一八五八年総長)はなお陸軍大臣の隷下に在って勢力極めて微々たるものであった。一八五九年の事件に依って信用を高めたのであったけれども、一八六四年デンマーク戦争には未だなかなかその意見が行なわれず、軍に対する命令は直接大臣より送付せられ、時としてモルトケは数日何らの通報を受けない事すらあったが、戦況困難となりモルトケが遂に出征軍の参謀長に栄転し、よく錯綜せる軍事、外交の問題を処理して大功を立てたのでその名望は高まった。国王の信任はますます加わり、一八六六年普墺戦争勃発するや六月二日「参謀総長は爾後諸命令を直接軍司令官に与え陸軍大臣には唯これを通報すべき」旨が国王より命令せられ、ここに参謀総長は軍令につき初めて陸軍大臣の束縛を離れたのである。しかも陸軍大臣ローン及びビスマークはこれに心よからず、普墺戦争中はもちろん一八七〇―七一年の普仏戦争中もビスマーク、モルトケ間は不和を生じ、ウィルヘルム一世の力に依り辛うじて協調を保っていたのである。
しかしモルトケ作戦の大成功と決戦戦争に依る武力価値の絶対性向上は遂に統帥権の独立を完成したのであった。それでもこれが成文化されたのは普仏戦争後十年余を経た一八八三年五月二十四日であることはこの問題のなかなか容易でなかった事を示している。
その後モルトケ元帥の大名望とドイツ参謀本部の能力が国民絶対の信頼を博した結果、統帥権の独立は確固不抜のものとなった。しかもその根底をなすものは、当時決戦戦争すなわち武力に依り最短期間に於ける戦争の決定が常識となっていたことであるのを忘れてはならぬ。第一次欧州大戦勃発当時の如きは外務省は参謀本部よりベルギーの中立侵犯を通報せらるるに止まる有様であり、また当時カイゼルは作戦計画を無視し(一九一三年まではドイツの作戦計画は東方攻勢と西方攻勢の両場合を策定してあったのであるがその年から単一化せられ西方攻勢のみが計画されたのである)、東方に攻勢を希望したが遂に遂行出来なかったのである。
持久戦争となっても統帥権独立はドイツの作戦を有利にした点は充分認めねばならぬが、遂に政戦略の協調を破り徹底的潰滅に導いたのである。すなわち政治関係者は無併合、無賠償の平和を欲したのであるが統帥部は領土権益の獲得を主張し、ついに両者の協調を見る事が出来な
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