かった。
 我が国に於ては「統帥権の独立」なる文字は穏当を欠く。「天子は文武の大権を掌握」遊ばされておるのである。もとより憲法により政治については臣民に翼賛の道を広め給うておるのであるけれども、統帥、政治は天皇が完全に綜合掌握遊ばさるるのである。これが国体の本義である。
 政府および統帥府は政戦両略につき充分連絡協調に努力すべきであり、両者はよく戦争の本質を体得し、決戦戦争に於ては特に統帥に最も大なる活動をなさしむる如くし、持久戦争に於ては武力の価値低下の状況に応じ政治の活動に多くの期待をかくる如くし、その戦争の性質に適応する政戦両略の調和に努力すべき事もちろんである。しかし如何に臣民が協調に努力するも必ず妥協の困難な場面に逢着《ほうちゃく》するものである。それにもかかわらず総て臣民の間に於て解決せんとするが如き事があったならば、これこそ天皇の天職を妨げ奉るものである。政府、統帥府の意見一致し難き時は一刻の躊躇なく聖断を仰がねばならぬ。聖断一度び下らば過去の経緯や凡俗の判断等は超越し、真に心の奥底より聖断に一如し奉るようになるのが我が国体、霊妙の力である。
 他の国にてフリードリヒ大王、ナポレオン、乃至ヒットラー無くば政戦略の統一に困難を来たすのであるが、我が大日本に於ては国体の霊力に依り何時でもその完全統一を見るところに最もよく我が国体の力を知り得るのである。戦争指導のためにも我が国体は真に万邦無比の存在である。

     第三節 持久戦争となる原因
 持久戦争は両交戦国の戦争力ほとんど相平均しているところから生ずるものであり、その戦力甚だしく懸隔ある両国の間には勿論容易に決戦戦争となるのは当然である。今ほとんど相平均している国家間に持久戦争の行なわるる場合を考えれば次のようなものである。
 1、軍隊の価値低きこと
 後に詳述する事とするがルネッサンスに依り招来せられた傭兵は全く職業軍人である。生命を的とする職業は少々無理あるがために如何に精錬な軍隊であっても、徹底的にその武力の運用が出来かねた事が仏国革命まで、持久戦争となっていた根本原因である。フランス革命の軍事的意義は職業軍人から国民軍隊に帰った事である。実に近代人はその愛国の誠意のみが真に生命を犠牲に為し得るのである。
「十八世紀までの戦争は国王の戦争であり国民戦争でなかったから真面目な戦争とならなかったが、フランス革命以後は国民戦争となった。国民戦争に於ては中途半端の勝負は不可能である」との信念の下にルーデンドルフは回想録や「戦争指導と政治」の中に「敵国側の目的はドイツの殲滅にあるからドイツは徹底的に戦わねばならぬ」との意味を強調している。すなわちドイツ参謀本部は、戦争を十八世紀前のものと以後のものとに区別したが、戦争の性質に対する徹底せる見解を欠いていた。欧州大戦は既にナポレオン、モルトケ時代の戦争と性質を異にするに至った事を認識しなかった事が、第一次欧州大戦に於けるドイツ潰滅の一因と云われねばならない。
 支那に於ては唐朝の全盛時代に於て国民皆兵の制度破れ、爾来武を卑しみ漢民族国家衰微の原因となった。民国革命後も日本の明治維新の如く国民皆兵に復帰する事が出来ず、依然「好人不当兵」の思想に依る傭兵であり、十八世紀欧州の傭兵に比し遥かに低劣なものでその戦争に於ては武力よりも金力がものを言った。戦によって屈するよりも金力によって屈し得る戦に真の決戦戦争はあり得ない。かるが故に革命後の統一戦争が何時果つべしとも見えなかったのは自然である。私どもは元来民国革命に依り支那の復興を衷心より待望し、多くの日本人志士は支那志士に劣らざる熱意を以て民国革命に投じたのであった。しかるに革命後も真の革新行なわれず、軍閥闘争の絶えざるを見て「自ら真の軍隊を造り得ざる処に主権の確立は出来よう筈は無い。支那は遂に救うべからず」との結論に達したのであった。勿論あの国土厖大な支那、しかも歴史は古く、病膏肓に入った漢民族の革命がしかく短日月に行なわれないのは当然であり、私どもの判断も余りに性急であったのであるが、一面の真理はこれを認めねばならない。劣悪極まる軍隊の結果は個々の戦争を金銭の取引に依り決戦戦争以上の短日月の間に解決せらるる事もあったけれども、それは戦争の絶対性を欠き、その効力は極めて薄弱にして間もなく又戦争が開始せられ、慢性的内乱となったのである。
 孫文、蒋介石に依り革命軍の建設は軍隊精神に飛躍的進歩を見、国内統一に力強く進んだのは確かに壮観であり我らの見解に修正の傾向を生じつつあったのである。しかも中国の統一はむしろ日本の圧迫がその国民精神を振起せしめた点にある。支那事変に於てはかなり勇敢に戦ったのであるがこの大戦争に於てすらもなお未だ真の国民皆兵にはなり難いのである。数百年来武
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