り摂取し、既にその能力を示した。しかし反面西洋覇道文明の影響甚だしく、今日の日本知識人は西洋人以上に功利主義に趨《はし》り、日本固有の道徳を放棄し、しかも西洋の社会道徳の体得すらも無く道徳的に最も危険なる状態にあるのではないか。世界各国、特に兄弟たるべき東亜の諸民族からも蛇蝎《だかつ》の如く嫌われておるのは必ずしも彼らの誤解のためのみでは無い。これは日本民族の大反省を要すべき問題であり、東亜大同を目標とすべき昭和維新のためよろしくこの混乱を整理して新しき道徳の確立が最も肝要である。
 しかしこれ程に西洋化した日本人も真底の本性を換える事は出来ない。外交について見れば最もよく示している。覇道文明に徹底せるソ連の外交は正確なる数学的外交である事は極めて明らかであるのに、日本人の一部は日本が南洋進出のため今日の如き対ソ国防不完全のままソ連と握手しようと主張している。誠に滑稽であるが、しかもこれは日本人の本質はお人好しである事を示しているのである。
 日英同盟廃棄数年後になっても日本人は英国が日英同盟の好誼を忘れた事を批難し、つい最近まで第一次欧州大戦に於ける日本の協力を思い出させようとしているのに対し、あるドイツ人が「日本は離婚した女に未練を持っている有様だ」と冷笑した事があった。これらも日本人は根本に於ては、外交に於ても道義を守るべしとの考えが西洋人に比して遥かに強い事を示している一例とも考えられる。
 日本の戦争は主として国内の戦争であり、かつまた民族性が大きな力をなして戦の内に和歌のやりとりとなったり、或いは那須与一の扇の的となったりして、戦やらスポーツやら見境いがつかなくなる事さえあった。
 東亜大陸に於ても民族意識は到底西洋に於ける如く明瞭でなかった。もちろん漢民族は自ら中華をもって誇っておったものの、今日東亜の大陸に歴史上何民族か判明しない種族の多いのを見ても民族間の対立感情が到底西洋の如くでなかったことを示している。かく東洋は王道文明発育の素地が西洋に比し遥かに優れている。
 これに加うるに東洋に於ては強大民族の常時的対立が無く、かつ土地広大のため戦争の深刻さを緩和する事が出来た。欧州では強大民族が常に対立して相争いかつ地域も東亜の如く広くなく、戦争術の発展が時代文明との関連を表わすに自然に良い有様であった。
 覇道文明のため戦争の本場であり、かつ優れたる選手が常時相対峙しており、戦場も手頃である関係上戦争の発達は西洋に於てより系統的に現われたのである。すなわち私の研究が西洋に偏していても「戦争」の問題である限り決して不当でないと信ずる。
私の戦争史が西洋を正統的に取扱ったからとて、一般文明が西洋中心であると云うのではない。

   第二章 戦争指導要領の変化

     第一節 戦争の二種類
 国家の対立ある間戦争は絶えない。
 国家の間は相協力を図るとともに不断に相争っている。その争いに国家の有するあらゆる力を用うるは当然である。平時の争いに於ても武力は隠然たる最も有力なる力である。外交は武力を背景として行なわれる。
 この国家間の争いの徹底が戦争である。戦争の特異さは武力をも直接に使用する事である。すなわち戦争を定義したならば「戦争とは武力をも直接使用する国家間の闘争」というべきである。
 武力が戦争で最も重要な地位を占むる事は自然であり、武力で端的に勝敗を決するのが戦争の理想的状態である。しかし戦争となっても両国の闘争には武力以外の手段も遺憾なく使用せられる。故に戦争遂行の手段として武力および武力以外のものの二つに大別出来る。
 この戦争の手段としての武力価値の大小に依り戦争の性質が二つの傾向に分かれる。
 武力の価値が大でありこれが絶対的である場合は戦争は活発猛烈であり、男性的、陽性であり、通常短期戦争となる。これを決戦戦争と名づける。
 武力の価値が他の手段に対し絶対的地位を失い、逐次低下するに従い戦争は活気を失い、女性的、陰性となり、通常長期戦争となる。これを持久戦争と命名する。

     第二節 両戦争と政戦略の関係
 戦争本来の真面目《しんめんぼく》は武力をもって敵を徹底的に圧倒してその意志を屈伏せしむる決戦戦争にある。決戦戦争にあっては武力第一で外交内政等は第二義的価値を有するにすぎないけれども、持久戦争に於ては武力の絶対的位置を低下するに従い外交、内政はその価値を高める。ナポレオンの「戦争は一に金、二にも金、三にも金」といった言葉はますますその意義を深くするのである。即ち決戦戦争では戦略は常に政略を超越するのであるが、持久戦争にあっては逐次政略の地位を高め、遂に政略が作戦を指導するまでにも至るのである。
 戦争の目的は当然国策に依って決定せらるるのである。この意味に於てクラウゼウィッツのいわゆる
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